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(9)尿失禁治療 岡山中央病院 小林知子泌尿器科医師

笑顔で患者を診察する小林医師

緊張感をみなぎらせTVM手術を行う小林医師

腹圧性尿失禁のぼうこう造影検査画像。術前(左)は、ぼうこうが骨盤の位置(点線)より下がっているが、TOT手術後(右)はテープで支えられ下がっていない

 「初診は病院の名前でうちを受診する人がほとんどかもしれませんが、2回目からは『小林の所に行く』と思ってもらえるようになりたい」

 泌尿器科の治療で岡山県内屈指の伝統と実績を誇る岡山中央病院。小林は、毎週水曜に女性外来を受け持ち、尿失禁などの疾患を診ている。

 尿失禁はQOL(生活の質)を損なうが、一人で悩んでいる人も少なくないといわれる。医師が女性なら患者も安心でき、治療を決断しやすいことは想像に難くない。

 尿失禁には三つのタイプがある。せきやくしゃみ、スポーツなどでぼうこうが圧迫されて起こる腹圧性と、自分の意思とは関係なくぼうこうが収縮し急な尿意を催す切迫性、その両方が混在する混合性だ。

 腹圧性は、妊娠・出産、加齢により、ぼうこうや尿道、子宮、膣(ちつ)、直腸などを支える骨盤底筋が緩み、尿道が下がって閉じられなくなるために起きる。閉経後は、尿道を締める作用がある女性ホルモンが減少することも影響する。

 一方、切迫性は、脳血管障害や脊髄損傷などの影響で、脳からぼうこうへの神経伝達が損なわれるために起こることが多い。尿路感染症や尿路結石なども原因となり、20―30代の罹(り)患も珍しくない。

 「問診、尿検査、超音波やレントゲンによって、タイプと原因を突き止め、最適の治療法を選択する」

 失禁の頻度が少ない場合はまず、家庭でも取り組める骨盤底筋を鍛える体操をしてもらう。1―3カ月続ければ半数は治る。切迫性の場合、体操と併せて、ぼうこうの収縮を抑える抗コリン剤を服用すれば8、9割は治るという。

 腹圧性で、薬物治療でも効果が薄い場合、手術を行う。代表的なTOT手術は、膣壁と両内股の付け根の皮膚を小さく切開し、ポリプロピレン製のメッシュテープを尿道の下に通す。尿道をハンモックのように支えて腹圧が掛かっても下がるのを防ぐ。2006年ごろ国内に導入され、12年に保険適用となった最新の術式だ。

 骨盤底筋が緩み、子宮、ぼうこう、直腸が膣から出てしまう骨盤臓器脱の治療も行う。ぼうこうが出てしまうと、切迫性の尿漏れや排尿障害を来す。

 効果的なのはTVM手術。臓器が脱出している部分の膣壁と両内股の付け根、臀部(でんぶ)の皮膚を切開。膣壁とぼうこう、もしくは膣壁と直腸の間にメッシュテープを挿入する。

 指の感触を頼りに目に見えない膣の奥の筋膜や靱帯(じんたい)に手術針を導く難易度の高い手術。手術に立ち会うスタッフにも専門性が求められるため、かつて指導を受けた井上雅(岡山市・みやびウロギネクリニック院長)と協力し、互いの手術に立ち会っている。

 子宮を摘出して膣を縫い縮める従来の手術に比べ、患者の負担が軽く、従来法で20―30%あった再発率は、TVMは5%未満だ。

 TOTは3日、TVMも1週間程度で退院でき、運動機能が戻るのも早い。しかし、小林は「そこで無理をしたり、油断をしては再発リスクが高まる」と警告する。

 術後の3カ月間は、骨盤に負担が掛からないよう、重い物を持ったり、激しい運動をしたりしないよう、患者はもちろん家族にも協力を促す。また、メッシュが膣壁からはみ出る合併症を防ぐため、術後1―2年間は女性ホルモンを服用する。

 小林は08年に岡山中央病院に赴任して以降、TOTを40例、TVMを25例手掛けたが、いずれも再発はゼロ。誇るべきデータだ。「患者さんが病気をよく理解し、術後の生活に気を付けてくれている結果」と受け止める。

 ぼうこうがんや前立腺がん、尿路結石など、小林が扱う疾患は幅広く、受け持つ患者は年間延べ1400人。日々、多忙を極めるが、「泌尿器科は診断から薬物治療、手術、術後のフォローまで、患者との関わりが切れ目なく続くのが魅力」。患者に寄り添う日々を通じ、医師としての力をさらに高めていくつもりだ。

(敬称略)

こばやし・ともこ 一宮高、千葉大医学部卒。2000年、岡山大医学部泌尿器科学教室に入局、同大病院、国立岩国病院(現・国立病院機構岩国医療センター)を経て、2008年から岡山中央病院に勤務。泌尿器科専門医・指導医、がん治療認定医。40歳。

骨盤臓器脱 骨盤の筋肉(骨盤底筋)が緩んだり断裂し、膣(ちつ)内の臓器が膣壁を押し下げ飛び出した状態を指す。

 尿漏れを起こす原因となるぼうこう瘤(りゅう)が最も多く、直腸瘤、子宮脱が続く。複数の臓器が下がるケースが多く、総称して骨盤臓器脱と言っている。

 おなかが気持ち悪い、ピンポン球のようなものが出てきた、股間に違和感があるといった自覚症状がある。

 国内の患者数は不明だが、スウェーデンでは出産経験者の44%に骨盤臓器脱が認められ、米国では10人に1人が80歳までに骨盤臓器脱か尿漏れで治療が必要になったというデータがある。

 軽症なら、体操や薬の服用で進行を防ぎながら経過を見ることができる。体操は、(1)膣や肛門の筋肉を10秒ほど引き締める(2)筋肉を緩めて10秒ほどリラックスする(3)これを10回繰り返す―を1日5回行う。

 岡山中央病院ホームページで、体操の方法を紹介している。

◇ 岡山中央病院(岡山市北区伊島北町6の3、086―252―3224)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年11月03日 更新)

タグ: 健康女性お産岡山中央病院

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