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「助けたい」その一心で救助医療 被災地・熊本で活動の2人に聞く

被災地での活動を振り返る楠本警部補

熊本県益城町で、倒壊した家屋を捜索する岡山県警の広域緊急援助隊=16日午前7時45分(県警提供)

ドクターヘリによる医療活動について話す萩野部長

ドクターヘリで搬送する患者を引き継ぐDMAT隊員ら=16日午後、熊本市(川崎医科大付属病院提供)

 「助けたい」。その一心で活動した。熊本地震の発生直後から岡山県内の医師や警察官が緊急医療・救援活動に取り組んだ。広域緊急援助隊として活動した県警の楠本晴之警部補(43)と災害派遣医療チーム(DMAT)としては初めてドクターヘリで現地入りした川崎医科大付属病院(倉敷市松島)の荻野隆光救急科部長(61)に被災地での活動と今後の課題について聞いた。

平時からの備え重要 県警機動隊・楠本晴之警部補

 ―楠本警部補は県警機動隊の広域緊急援助隊(26人)として被災地入りした。

 15日朝到着した熊本県益城町(ましきまち)は中心部の道路が陥没していた。そんな中、初日は水道や電気が途絶えた医療機関から、受け入れられる他の病院へと入院患者を転院させる業務に追われた。

 ―活動中には、16日未明に隊員も本震を経験した。

 待機場所の県民総合運動公園にある建物で休んでいた時だった。天井が落ちてくると思うほどの揺れに襲われ、寝袋のまま転げ回った人もいた。出動すると「生き埋め多数の模様」と叫ぶ無線連絡の声。ライフラインが通じているからといったん避難した後、自宅に戻った人もいたのだろう。

 ―現場の状況はどうだったか。

 到着した集落は、ガスの臭いが立ち込め、ひしゃげたり、傾いたりした民家がたくさんあり、電柱は至る所で倒れてしまっていた。血だらけの高齢者が建物からはい出してきて、家族に支えられ、手当てを求めている姿も見られた。私たちは行方不明者の捜索や救助のため、手当たり次第に倒壊家屋の隙間に頭を突っ込み「誰かいますか」と大声をかけても返事はなかった。

 川を渡った集落にも行こうとしたが、多くの橋が崩落したり、損傷したりして渡ることもままならない。橋と道路の段差を土のうで埋め、車両を通すなどして救助に向かった。一人でも多く救いたいと隊員一丸となって任務を遂行した。

 ―現地で考えたことや得た教訓は。

 今回のような大規模な震災は岡山でも起こり得ると思った。平時から地震に備えるべきだ。

  ◇

ヘリ機動性生かせた 川崎医科大付属病院 荻野隆光救急科部長

 ―県内からのDMATからは16日以降、続々と現場入りしている。荻野救急科部長は16~18日に派遣された。

 (本震後の)16日朝、ドクターヘリに医師2人、看護師1人、調整員1人とパイロット、整備士が乗り込み、川崎医科大付属病院を離陸。約1時間半で熊本空港(熊本県益城町)に到着した。

 ―現地での活動は。

 既に他県のドクターヘリが着いており、活動を共にした。私たちのチームは地震で大けがをした患者を熊本赤十字病院(熊本市)から久留米大病院(福岡県久留米市)に運んだ。天候悪化のため、ドクターヘリの活動は16日夕で打ち切りとなったが、医療行為をしながら迅速に転院、搬送するという利点を最大限に生かすことはできたと思う。

 ―他にはどんな活動をしたのか。

 熊本空港は消防や警察、自衛隊のヘリコプターの活動拠点にもなっていて、ヘリで運ばれた避難者もいた。待機中には空港に着いた住民に対し、消防からの要請を受けてトリアージ(治療の優先順位付け)を行った。余震が続く中、建物に入ることをためらう人が多く駐車場に集まってもらって実施した。また重傷者が搬送されて来るとの情報が入り、格納庫に臨時医療拠点を設けたが、幸いにも使うことはなかった。

 ―今後の課題をどう考えるか。

 よりスムーズに活動するには、消防や警察など他の機関との連携が重要だと再認識した。県内にはドクターヘリ以外に、岡山市消防局、県消防防災航空隊、県警のヘリコプターがある。日ごろからの情報共有や意見交換を密にし、活動に生かしたい。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年04月21日 更新)

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