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(25)漏斗病の「ナス法」手術 川崎医科大学小児外科 植村貞繁教授

胸のくぼみを内側から持ち上げる「ナス法」を、模型で説明する植村貞繁教授

植村貞繁小児外科教授

 ―胸の一部が漏斗(ろうと)のようにへこむ漏斗病は、内臓への影響もあるのでは。外見上のことももちろん重要ですが…。

 植村 はい。明確な症状がない人もいますが、へこみの下に心臓や肺がある。圧迫で心肺機能が落ちる場合があるし、疲れやすい、スタミナがないといった訴えもある。しかし、症状があって検査しても、漏斗胸では数値的に表れにくいことが多いです。

 ―「漏斗胸は病気ではない」という話を聞いたことがあります。

 植村 ええ。数値的に出にくいためか、一般の医師の中にも「外見だけのことだから放っておけばいい」と言う人がいます。しかし漏斗胸が自然によくなる例はまれ。何もせず大きくなって気になり始め、当院を訪れる成人も少なくありません。友達に胸のへこみをからかわれ、心に傷を抱えたまま成長するという心理面の影響も大きい。

 ―そうですね。発症はやはり子どもが主ですか。

 植村 幼児期に健診で医師が見つけることが多いようです。ただ、中学生とかになってへこみが出る人もいる。発症率は800~1000人に1人くらい。漏斗胸は男性に多く、手術を受ける人の男女比は3対1くらいでしょうか。

 ―原因は。

 植村 実はまだよく分かっていないんです。肋(ろく)軟骨が、内向きに長く成長することでくぼむと言われたこともあります。

 ―先生が行っている「ナス法」とは。日本ではこの手術法のパイオニアであり第一人者ですが。

 植村 ナス(Nuss)は、この手術法を開発した米国の医師の名です。発表は1998年。ステンレスやチタン製のバーを使います。厚さは2ミリ程度。サイズは患者の体格により選択します。両わきの下を2、3センチずつ切開し、内視鏡(胸腔=くう=鏡)で見ながら患者の胸の大きさや形に合わせて大まかに曲げておいたバーを、くぼみに沿って入れます。で、これを180度回転させ、くぼみを内側から持ち上げる。手術中もバーの曲げ具合などを調整します。所定の位置におさめ、両端を肋骨にしっかり固定します。体の大きい人にはバーを2本使います。手術時間は1~2時間です。

 ―痛みなどは。

 植村 従来の手術法に比べれば著しく侵襲が少ないですが、胸のくぼみを一気に持ち上げ、胸の形が変化するわけですから痛みを生じます。術後も十分な麻酔処置により痛みを積極的に取るようにします。2、3日目から歩行練習を始め、術後5、6日での退院を目標にしています。

 ―従来はどのような手術をしていたのですか。

 植村 胸の正面を大きく切開し、内側に曲がった肋軟骨を切除、胸骨に切れ目を入れて持ち上げる方法でした。5時間前後もかかる大手術で、術後も胸の真ん中に大きな傷あとが残る。ナス法が開発されて、「これだ」と思いました。発表後すぐ開発者のもとに赴いて研修を受け、技術を身につけました。

 ―ナス法のポイントを。

 植村 この手術で一番難しいのは、くぼみの一番深いところにバーを通す手技です。くぼみのすぐ下に心臓があり、スペースが狭い。だが、心臓を傷つけてはいけない。肺や、太い血管の損傷にも十分注意する必要があります。

 ―バーを通す位置は。

 植村 胸の形は一人一人違います。真ん中でなく左右どちらかに偏ってくぼんでいる人もいる。肋骨のどの部位にバーを入れ、どの部位を持ち上げ、どのように固定するか。事前に慎重に検討し、バーを入れる最も良い位置を見つけ出すようにしています。

 ―バーを入れておく期間はどれくらい。

 植村 あまり早く抜くと再発の心配がある。基本的には3年以上と考えています。ただ、体の成長によってきつくなることもあり、バーの曲がり具合を調整する手術を行うこともあります。

 ―子どもであれば、手術する年齢は。

 植村 以前は5、6歳で行うのがよいとされた時期もありましたが、あまり早いと肋骨の形が不整形になり、良い結果が得られないことが分かってきた。私は小学校高学年くらいがよいと思っています。

 ―これまでの症例数は。

 植村 今まで1000例程度の手術を行いました。症例を重ねる中で分かってきたこともある。病気の原因ですが、漏斗胸の患者は肋骨が長いのではなく、逆に少し短くなっている。この病気の子は肋骨や肋軟骨の支持力が普通の人より弱く、その結果、息を吸うたびに少しずつ前胸部が落ち込み、徐々に胸のくぼみが顕在化してくるのでは、と思っています。

 ―そうですか。ところで小児外科で扱う漏斗胸以外の病気について。

 植村 症例数で多いのはヘルニア(脱腸)です。漏斗病もそうですが、内視鏡の発展の恩恵は大きい。鼠径(そけい)ヘルニアでは腹膜や腸の一部が太ももの付け根・鼠径部の筋膜の間から出てくる。多くの場合片側がこうなると、反対側の筋膜にも穴が開いていて、後に発症することが多いです。内視鏡では片側の手術中、反対側も見ることができ、穴が開いていればその時点で閉じるわけです。

 ―なるほど。内視鏡の威力ですね。最後に小児外科医としてのやりがいを。

 植村 生まれつきの腸閉塞や肛門が閉じている鎖肛は新生児の命に直結する。これらを治し、また漏斗胸などを治療することで、子どもたちの未来を切り開いてやれる。やりがいある小児外科の道を、より多くの若い医師が志してくれればと思います。

 ◇

 川崎医科大学病院(倉敷市松島577、086―462―1111)

 うえむら・さだしげ 鹿児島県・鶴丸高、岡山大医学部卒。兵庫県立こども病院、国立小児病院外科、香川医科大小児外科など経て豪メルボルン大、王立子ども病院留学。国立岩国病院小児外科を経て2004年から現職。医学博士。小児外科学会専門医・指導医、外科学会専門医・指導医。61歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年05月16日 更新)

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