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(26)統合失調症の薬剤治療 慈圭病院 武田俊彦副院長

武田俊彦副院長

 ―統合失調症の原因はどこまで分かっているのですか。

 武田 思考や感情、感覚をまとめる(統合する)脳の機能が損なわれるのが統合失調症です。幻覚・幻聴や妄想、興奮といった陽性症状と、感情の動きが鈍くなったり活力がなくなる陰性症状がともに現れます。病気の仕組みは完全には解明されていませんが、有名なものに「ドーパミン仮説」があります。

 ―神経伝達物質の一種ですね。

 武田 このドーパミンの過剰な放出が幻覚や妄想を引き起こすのでは、と考えられています。また、健常者は例えばにぎやかな場所で話しても相手の話をきちんと聞き取れる。神経ネットワークによる一種のフィルターが機能しているからですが、このフィルターが故障して、むやみに情報が流れ込んできて神経の働きが混乱し、光や音がやたら気になる、疑り深くなるなどの症状が出るという考え方もあります。

 ―そうした病気の治療に使う抗精神病薬は意外に歴史が新しいそうですね。

 武田 1950年代に出たクロルプロマジンが最初です。じんましんの治療などに使う抗ヒスタミン薬からできた薬物だったのですが、精神疾患に有用なことが偶然分かった。ただ、なぜ効くのか実は十分には分かっていません。脳内でドーパミンとドーパミン受容体が結合するのを阻害する働きがあり、そこから病因を推測して統合失調症のドーパミン仮説が唱えられ始めた経緯があります。

 ―抗精神病薬には定型、非定型という分類がありますね。

 武田 クロルプロマジンなど従来の薬を定型、90年代半ば以降に登場した薬を非定型と呼びますが、第一世代、第二世代と呼ぶ方が適切な気がします。第一世代では錐体外路(すいたいがいろ)症状という副作用が問題でした。手の震えや体が動きにくいなどパーキンソン病に似た症状です。もちろんこれは薬剤を少なくすれば改善したのですが、第二世代はこの副作用がかなり少ないのが特長です。

 ―第一世代は陰性症状に効かず、第二世代は効くときいたことがあります。

 武田 以前はそういわれました。しかし、最近の研究では第一世代と第二世代の効果の差は極めて少ないといわれています。ただし、錐体外路症状によっても陰性症状は引き起こされる可能性はあり、その意味では第二世代の方が少ないといえます。

 ―複雑ですね。先ほどクロルプロマジンが効く仕組みはよく分かっていないと言われましたが、正体が十分つかめてなくても薬が開発できるのですか。

 武田 薬の開発に関してはドーパミン仮説以上の仮説はまだなく、ドーパミン受容体に作用する薬が探されてきました。しかし現在では、セロトニンなどその他の受容体への結合が治療効果に影響することも分かってきて、ドーパミン以外の複数の受容体にも効く薬が開発されています。第二世代になって安全性のデータが爆発的に増え、患者に合わせてより安全な薬の選択が可能になりました。

 ―実際の薬の使い方は。

 武田 基本的には単剤で治療を始めます。効果と副作用を見極めながら、慎重に薬の量を増やしたり、併用薬を使います。今私が使っているのは第一世代4種、第二世代が7種。服薬のほか注射も使います。

 ―見極めには経験が必要でしょうね。先生をはじめ慈圭病院では、使用に厳格なルールがあるクロザピンも使われていますね。

 武田 これは画期的な薬で治療抵抗性、つまり他の薬剤が効かない場合の唯一のゴールドスタンダードです。最初は普通の抗精神病薬として世に出ましたが、無顆粒(かりゅう)球症などの重篤な副作用で死亡例も出て、70年代半ばに世界中で使用・開発が中止されました。しかし、後に治療抵抗例にもよく効くことが分かり、厳格な管理下で再度使用が認められました。当院でも2013年から使い始め、現在までに50人以上の治療抵抗例に処方しました。その中にはかなりの改善を示した方もおられます。

 ―メリットは大きいですが、副作用は怖いですね。無顆粒球症とは?

 武田 顆粒球は白血球の一種で感染症から体を守っている。これが急激に減少し、命を脅かすのです。日本では約1%の頻度といわれています。ですから資格を持つ医師しか扱うことができず、内科医がいて、必要な時に血液内科医の助けが受けられること、一定間隔で血液検査を行うなど厳密に使用ルールが定められています。現在、岡山県ではクロザピンを使用するための医療連携が進みつつあります。

 ―この薬も神経伝達物質の働きに作用するのでしょうか。

 武田 やはりよく分かっていません。ドーパミン、セロトニンなど神経伝達物質の受容体への作用は関係しますが、それだけではないのでは、と言われています。もしこの薬の作用機序が分かれば、統合失調症の原因究明に役立つかもしれません。

 ―精神疾患を解明することは、人間と脳を解明し、理解することなのでしょうね。今後の精神科医療に望むことは。

 武田 統合失調症は発症リスク期を経て、初発、進行、慢性期と幾つかのステージに分けられます。患者がどのステージにいるか明確化できたり、特にステージとステージの境目をきちんと把握できるようになれば治療に役立ち、また発症や進行そのものを抑えられるようになるかもしれません。

 ◇ 慈圭病院(岡山市南区浦安本町100の2、086―262―1191)

 たけだ・としひこ 三重県立津高、岡山大医学部卒。1988年に慈圭病院に赴任。神戸市立西市民病院を経て93年から再び慈圭病院に勤務。2007年から副院長兼診療部長。専門は臨床精神薬理、精神科リハビリテーション。精神科専門医、日本精神神経学会指導医、精神保健指定医、日本臨床精神薬理学会専門医、日本医師会認定産業医。57歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年06月06日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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