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(26)小児神経外来 倉敷成人病センター小児科 御牧信義主任部長

子どもの不安を和らげるように、優しく語りかける御牧主任部長

「患者が地域社会で自立していけることが目標」と語る御牧主任部長

障害児の育ち 地域で支える

 子どもの脳や神経に関わる疾患は多様だ。急性期症状の発作を伴う「てんかん」、出産時の低酸素状態などが原因となる脳性まひ、自閉症などの発達障害…。病態や治療法、生活支援の方法も多岐にわたり、個人差も非常に大きい。その全てに対応するのが小児神経専門医だ。

 小児科専門医は全国で約1万4千人いるが、小児神経専門医は約千人と少ない。数少ない小児神経外来を設けている倉敷成人病センター小児科には、岡山県内外から年間約900人の新規患者が訪れる。特に発達障害を専門とする御牧は、そのうち約600人の診療を担う。

 “小児”と冠しているが、小児神経外来が診療するのは15歳以下に限らない。「治療の結果が出る一つの目安は、患者が20歳になった時」と御牧は言う。「患者がハッピーに生活できているか、職業選択の幅がどれほど確保されているか。支援の手を借りながらでも地域社会で自立することが目標」。誕生時の状態を踏まえつつ、長期的に見守る視点が欠かせないという。

 例えばてんかん。全患者の75%は、7歳くらいまでに最初の発作を起こして診断されることが多い。原因は、3分の1が出生前や出産時に何らかの理由で脳にダメージを負ったことによるもの、3分の1は脳炎や髄膜炎など別の疾患に伴う後天性のもの。残りの3分の1は、原因が特定できない。

 抗てんかん薬を長期間服用する薬物療法が必要だが、95%は成人期以降に症状が出なくなるとされる。ただ服薬をやめても約10年は、寛解状態が維持されているか経過を観察しなければならない。

 四肢などにまひが出る脳性まひは、出生時に負った脳障害が原因のため、症状が進行することはない。だが、身体や精神面の発達に伴い、生活に支障が出てくることがある。食べた物が逆流しやすくなるなど、成長の過程でよく起こる症状があるという。

 症状に合わせた診療科で治療することも可能だが、多くの患者や家族は、自分自身の治療歴や生育歴、生活歴をつぶさに見てきた小児神経専門医による診療を希望するという。「20年以上、患者を診続けることもまれではない」と御牧は言う。

□  ■

 近年、小児神経の領域で最も診療件数が多いのが、脳の機能障害である発達障害だ。自閉症スペクトラム障害や注意欠如・多動性障害、学習障害などの分類がある。双方向のコミュニケーションが難しい▽感覚が過敏▽こだわりが強く、瞬間的に行動を変えにくい―などの症状があると、生活に支障が出ることも多い。

 多くの保護者が乳幼児期から「育てにくさ」など何らかの異変を感じていることがほとんど。発達障害児の90%以上が、3歳児健診までに障害の可能性を指摘され、診断につながっているという。

 脳機能を形態面から調べるMRIやCT、脳の働きを見る脳波検査を行い、患者本人や家族から日常生活で困っていることなどを入念に聞き取る。出生時にさかのぼり、心拍数や皮膚の色などから新生児の状態を評価し、仮死の程度や障害が残る可能性などを判定する「アプガースコア」もチェックする。症状によっては薬物療法を選択する。

 だが、御牧は「病院でできることは、実のところ多くはない」と言う。発達障害児は、身体・精神面の発達によって、症状が大きく変化。さらにクラス替えや担任教師の変更など環境の変化は、症状に大きな影響を及ぼす。一度受けた診断名が変わることもある。

 患者にとって最適な環境を整えることが、発育を支援する「療育」の目的だ。難しいのは、個人の特性の違い、両親や家族の関わり方などが複雑にからみあい、障害名で療育方法を標準化できないこと。100人いれば100通りの療育がある。「でも子どもの個性に合わせ、発達を見守るのは健常児だって同じ。何も特別なことではない」と御牧は強調する。

□  ■

 「小児神経疾患の子どもは、病院ではなく、地域社会の中で育ちを支えていくことが欠かせない」と御牧は訴える。乳幼児健診などの保健分野、学校など教育分野、障害者の就業施設など福祉分野が連携し、障害児が大人になるまで切れ目なく支援し、必要時に医療機関がサポートする―というのが、障害児にとって理想的な姿だ。

 理想に少しでも近付けるべく、御牧自身は行政職員や教師、保健師らの研修などで、特に発達障害を中心とした知識を啓発。FMくらしきで番組を持ち、自ら情報を発信する。

 発達障害の場合、かつては診断を嫌がる保護者も多かったが、最近では診断名よりも「わが子の特性と適切な対応法を知りたい」という人が増え、意識の変化を感じるという。

 ただ発達障害を疑い受診する事例は年々増加しており、医療機関に求められる期待も大きくなっている。「病院や開業医など地域の小児科がそれぞれの得意分野を生かし、協力して地域の子どもたちを見守るという発想が大切。社会全体を巻き込んでいきたい」と語る。

 (敬称略)

     ◇

 倉敷成人病センター(倉敷市白楽町250、086―422―2111)

 みまき・のぶよし 東京都立富士高、岡山大医学部卒。岡山大小児神経科(現)で小児神経学を専攻、1983年倉敷成人病センター小児科に就職、2005年から現職。小児科専門医、小児神経専門医、脳波専門医、子どもの心相談医。医学博士。59歳。


自閉症スペクトラム障害
症状に個人差 環境で変化も


 自閉症スペクトラム障害/自閉スペクトラム症は、対人交流、コミュニケーションの問題、興味の限局、パターン化の症状がある状態を、一つの連続体としてとらえた分類。2013年、米国精神医学会の診断分類「DSM―5」によって、新たな診断名として採用された。

 かつては、コミュニケーション障害や社会性の問題を伴っていれば「自閉症」と診断していた。自閉症スペクトラム障害は、症状には個人差があり、発達障害に特徴的とされる症状の現れ方も年齢や発達によって異なる。こだわりの有無、言葉の遅れがあるかどうかなど、自閉症状の傾向が強いかどうかをみると同時に、社会生活が困難かどうかも判断基準として障害の度合いを診断する。

 周囲の環境により症状の現れ方などは変化するため、自閉症状があっても障害として診断されることなく、社会生活を送っている人も数多くいる。個人の状況を見極め、適切な療育や支援を行うことが、生きづらさを少しでも解消することにつながる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年09月19日 更新)

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