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(28)大動脈瘤・大動脈弁の手術 倉敷中央病院心臓血管外科 島本健部長

大動脈瘤の手術をする島本部長(右端)

術前に大動脈瘤の具合を画像で確認する島本部長

大動脈瘤のCT画像。瘤(矢印で挟まれた白いところ)が術前(右)に比べ術後はなくっている。術後の2つの白い丸はステントグラフトを示す

臨機応変にSG、TAVI、切開

 「大動脈瘤(りゅう)はサイレントキラーと言われるように、自覚症状がないまま進行して、命を脅かします」

 大動脈瘤は心臓から全身へ血液を送り出す大動脈の一部がこぶのように膨らむ病気。放置すると、こぶは大きくなり破裂し、突然死することも多い。

 検診などで偶然発見できた時は経過観察し、こぶが5~6センチの大きさになれば手術に踏み切る。手術は、胸や腹を切開して動脈瘤のできた血管を人工血管と交換する方法が一般的だが、血流を遮断するために体への負担が大きく、高齢者や他に大きな疾病を抱える人にはリスクが伴う。

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 その難問を解決したのがステントグラフト(SG)による治療。SGとは金属製の網状の人工血管のこと。太ももからカテーテルを入れ、大動脈瘤のある位置で、カテーテルから押し出して血管内に留置する。島本がそれを手掛けて10年近くがたつ。

 手術には高度な技術が求められる。血管にカテーテルを挿入できるだけの太さがあるかどうかをCTなどで見極めなければいけない。スムーズに挿入できず、血管内でむやみにカテーテルを動かすと、血栓が飛び散り、脳梗塞などを併発する恐れがある。「血流を予測しながらSGを寸分の狂いもなく、留置しなければいけない」

 だが、SGは万能ではない。こぶが縮小するのは50%にすぎず、大きさが変わらないのが40%。手術をしても次第に大きくなっていく割合が10%あり、その場合には再手術が必要になる。

 全国的には、外科手術よりもSGに傾倒する医師も少なくないが、島本はそんな風潮に異を唱える。

 「切開手術の方が確実に治る。SGはあくまで手術に耐える体力がない高齢者や他に重大な疾患があるような患者に限定して行うのが原則。低侵襲なことだけを強調してSGに誘導してはならない」と強調する。

 倉敷中央病院では、大動脈瘤や弁膜症など年間約500例の大血管手術をする。このうちSGは計約90例あり、腹部と胸部はほぼ同数だ。腹部の場合、SGと開腹手術の割合はほぼ同じ。腹部よりも脳梗塞のリスクが高い胸部の場合は、2対1の割合で開胸手術の方が多いという。

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 島本は、TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)という2013年に保険適用された最先端治療にも取り組む。

 TAVIは、心臓から血液が押し出される出口にある大動脈弁が狭くなり心不全を起こす病気に対し、SG同様に、人工生体弁を太ももからカテーテルで挿入して取り付ける。

 一般的な手術は胸を20~30センチほど切開し人工心肺を装着して弁を取り替えるが、これもSG同様、体力が衰えている患者には施すことができない。

 「CTと超音波検査をし、手術に耐えられるかどうかを見極める能力が必要。患者さんが社会復帰できるか、どんな生活を望んでいるかなどを勘案して、実施するかどうかを決める」と言う。

 島本が15年に自ら執刀するか、もしくは指導した手術は、TAVIが18例、SGが85例、胸部大動脈瘤と腹部大動脈瘤の切開手術が45例に上る。

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 毎朝午前7時半に病院に来て家路に就くのは午後11時ごろ。自身が関わった手術を分析し、反省すべき点がないかを日々検証している。「もっと腕を磨きたい」という向上心と、「うちの病院の成果や課題を公表し、他院の治療にも役立ててもらわねば」という責任感が激務を支える。

 ただ、どんなに最善を尽くしても全ての患者を救命できるわけではない。

 数年前のこと。腹部のSG手術をした男性患者が術後、脳梗塞や心筋梗塞などを併発し2日目に死亡した。複数の動脈に狭窄(きょうさく)のある人だったが、死に至るとは予想できなかった。

 「患者さんとご家族には申し訳ないことをしました。絶対忘れることはできません」

 「どれほど経験を積もうとも、謙虚であり続けなければ」。自らを戒めるため、「死を受け入れられない」とつづられた家族からの手紙をすぐに目に付く自宅の書斎に置いている。

 (敬称略)

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 倉敷中央病院(倉敷市美和1の1の1、086―422―0210)

 しまもと・たけし 奈良・東大寺学園高、京都大医学部卒。京都大病院・同大学院、松江赤十字病院、米・LDS病院留学などを経て、2009年に倉敷中央病院へ。11年から現職。心臓血管外科専門医・修練指導者、日本外科学会指導医、日本超音波医学会指導医、腹部・胸部大動脈瘤の各ステントグラフト指導医、ヨーロッパ心臓胸部外科学会国際会員、米国STS国際会員など。46歳。


厳しい実施要件 SGとTAVI 岡山は数施設

 大動脈瘤(りゅう)に対するステントグラフト(SG)や、大動脈弁狭窄(きょうさく)症に対するTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)といった手術は、経験を積んだ医師がおり、医療機器が充実した施設しか認められていない。

 岡山県内では、SGは腹部なら6施設、胸部なら4施設だけ。倉敷中央病院は、SGを胸部は2007年、腹部は08年から実施している。

 TAVIはさらに実施要件が厳しく全国でも計100施設しか認められていない。岡山県内では、倉敷中央病院と心臓病センター榊原病院だけだ。

 倉敷中央病院は昨年、SGによる手術を93例、TAVIを38例行った。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2016年11月21日 更新)

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