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(5)障がいを生きる知恵を育む 慈圭病院副院長 武田俊彦

障がいを生き抜く学習の場となっている慈圭病院のデイケア棟

武田俊彦副院長

 慈圭病院デイケアが開所して今年で42年になります。岡山県南部のさまざまな地域から、毎日70人ほどの精神科の患者さんが通所されており、利用目的も症状の改善や生活の維持、新たな就労、あるいは休息など多岐にわたります。

 目的をかなえるためには、まずデイケアが病状を安定させる機能を備えている必要があります。グラフは統合失調症の中でも特に再入院しやすい患者さんを対象に調べたものですが、当院で入院治療を受けて退院後すぐにデイケアを開始した場合と、デイケアを利用しなかった場合で、再入院しないで外来治療を維持できている期間を比較しました。結果は、デイケアを利用することで病状が安定し、再入院率が低下することが示されています。このような病状の安定化は統合失調症以外の疾患でもみられ、しかも一定期間デイケアを利用すると、デイケア卒業後も定着する効果であることが分かっています。

 病状安定のためには、精神療法や薬物療法、ストレス管理が十分に行われなければなりませんが、心理療法と言われる一種の学習活動も重要であることが分かってきました。この学習は大きく「知識」「技能」「知恵」に分かれます。知識は、疾患やその治療に関する説明のような、文字や言葉で伝えられる情報です。技能は、文字や言葉だけでは理解しにくい内容で、料理のように実際に体験することで能率よく習得できる事柄です。他者とのコミュニケーション、対人関係上の問題の解決方法などは技能訓練で上達します。

 そしてもう一つ重要なものが知恵と呼ばれるものです。例えば、自らの障がいを受け入れる、偏見がほぐれる、目標設定が今の自分に適合したものに変化していくことなどが含まれます。自分や身内に生じた障がいを受け入れ、克服していくことは、大変なエネルギーを要する過程です。

 自分自身の疾病や障がいに向けた差別意識である「内なる偏見」も問題になります。これは成長過程で漠然と社会から吸収してきたもので、社会的な価値観としての根深さがあります。また、達成したい目標と現実のギャップに苦悩する方もおられます。疾患や障がいが原因でうまく前へ進めない場合、目標を変えることは勇気のいる作業です。価値観に根ざした問題がほぐれるには、価値観が生活に適合したものに変化していくことが必要です。

 このような時に同じ問題を抱え、それを克服しつつある仲間(ピア=peer)の集団へ参加することは大変有効です。まず無条件にピア集団に受け入れられることから始まります。そして、問題を抱えながらも実際に生活しているピアからのアドバイスは、心に届く力があります。また、ピアの成功体験を見聞きすることで、自身の未来を創造する力が得られます。仲間を支えることで自らも支えられる方もおられます。その結果、つらく孤独だった心が癒やされ、前に進む勇気を得られるのです。知恵の獲得は価値観の変容を伴う癒やしの過程と言えます。

 現在、デイケアのようなピアの集団活動は、このような障がいを生き抜く学習の場として見直されています。

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 慈圭病院(086―262―1191)

 たけだ・としひこ 岡山大学大学院卒。1988年に慈圭病院に赴任。神戸西市民病院を経て93年から再び慈圭病院に勤務し、2007年から副院長。専門は臨床精神薬理、精神科リハビリテーション。日本精神神経学会、日本神経化学会、日本神経精神薬理学会、日本臨床精神神経薬理学会などに所属。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2017年11月06日 更新)

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