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免疫チェックポイント阻害剤を知ろう リンパ球のブレーキ解除

山口佳之・川崎医科大学臨床腫瘍学教室教授

 がんの治療法が大きく進化している。その主役は「免疫チェックポイント阻害剤(ICI)」と呼ばれる新たな薬だ。進行が進み、もはや手だてがないとされていた患者でも、一部で劇的な治療効果が見られ、手術、抗がん剤、放射線に続く第4の治療法として期待を集める。これまでの抗がん剤や免疫療法とは何が違うのか、どんなメカニズムで効くのか―。

 人間の体内には細菌やウイルスといった“異物”を発見すると、攻撃して排除する「免疫」機能が備わっている。異常な細胞であるがん細胞も、本来なら、免疫を担当するリンパ球などによって速やかに異物として撃退されるはずだ。ところが、がん細胞は生き残るためにずる賢さを発揮する。「PD―L1」という物質を出してリンパ球と結合し、リンパ球の活動にブレーキをかける信号を送るのだ。攻撃を逃れたがん細胞はそのまま増殖を続け、やがて大きな腫瘍となる。

 一般的な抗がん剤が直接がん細胞を攻撃しようとするのに対し、ICIはがん細胞がリンパ球にかけたブレーキを解除するという点がポイント。リンパ球がもともと持っている機能を取り戻すことで、ICIは間接的にがん細胞をやっつけるという仕組みだ。

 免疫に着目した治療法はこれまでも数多くあった。いろいろなやり方で免疫の攻撃力を何とかアップさせようとしてきたが、がんの免疫療法を研究する川崎医科大学臨床腫瘍学教室の山口佳之教授は「車に例えれば、ブレーキがかかったままアクセルをふかすようなもの。大半は治療効果に乏しく、科学的根拠に基づく医療として認められたものは少なかった」と振り返る。ICIが画期的なのは、かかったブレーキを外すという「発想の転換」にあると言う。

 国内では、2014年に販売開始された「オプジーボ(一般名ニボルマブ)」と17年に出た「キイトルーダ(一般名ペムブロリズマブ)」のICI2剤が広く使われている。いずれも点滴注射で、数週間に1度のペースで投与する。

 保険適応が認められたがん(4月末現在)は、オプジーボが肺がんや胃がんなど6種。キイトルーダが肺がんや尿路上皮がんなど4種(表参照)。今後も適応が拡大する見通しだ。

 各国の製薬会社はさらにさまざまなICI新薬の開発にしのぎを削る。異なるICIを一緒に使用したり、ICIと他の抗がん剤や放射線治療を組み合わせたりする併用療法の研究も進んでいる。

 ICIの副作用は、がん細胞と同時に正常な細胞まで攻撃してしまう従来の抗がん剤に比べて少ないとされる。とはいえ、ゼロではない。免疫が過剰に活性化して自分の体まで攻撃してしまう自己免疫疾患が起こることがある。甲状腺や副腎の機能低下、間質性肺炎、大腸炎、糖尿病など「予想もできない症状が出る場合もあり、注意が必要だ」と山口教授は指摘する。

     ◇

 現代医療が総力を挙げて挑むがん治療。その戦線は腫瘍という塊から細胞レベルへ、さらに変異を生み出す遺伝子のレベルへと、深く、険しい道のりへ向かっている。日進月歩の研究・臨床の現場を追う。

川崎医科大学臨床腫瘍学教室 山口佳之教授インタビュー
診療科超えた体制必要


 最初のICIであるオプジーボが日本で承認されて4年足らず。作用の仕組みや副作用について十分に検証できたとは言えない。患者としてどんな心構えでICI治療に臨めばよいのか、川崎医科大学臨床腫瘍学教室の山口佳之教授に尋ねた。

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 ICIは、誰にでも効果があるわけではありません。がんの種類や患者さんの状態によって異なりますが、今のところまだ2割程度の人にしか効きません。ただし、効く人には長く効く。つまり長期生存が見込めます。

 なぜそうなのか、まだ解明できていない部分もあります。効かない人を減らそうと、さまざまな併用療法が世界中で研究されています。手術、抗がん剤、放射線の3大治療を含め、今後、どのタイミングでどの治療を行うのが最も効果的か分かっていくでしょう。

 川崎医科大学は2009年から、先進医療として「活性化自己リンパ球移入療法」という免疫療法に取り組んできました。体外に取り出したリンパ球ががん細胞を攻撃するよう“教育”して、再び体内に戻す治療です。その実績を生かし、ICIにこの療法と放射線治療を組み合わせる併用療法を研究しています。

 ICIの副作用は9割の人では起きていません。副作用の少ない治療だと言えますが、残る1割に起こる副作用は重篤なものがあります。目、肺、肝胆膵(かんたんすい)、胃腸の機能障害など範囲は全身に及び、下垂体、甲状腺、副腎の機能異常や糖尿病といった内分泌障害も報告されています。

 中には、これまで経験したことのない専門外の副作用を目にする医師もいます。いざというときに備え、診療科の垣根を超えた体制が必要です。川崎医科大学では全診療科が参加する「チームICI」を立ち上げ、情報を共有しています。私が理事長を務める「日本バイオセラピィ学会」でも各学会と連携し、医師らに啓発しています。

 世間には免疫療法を名乗る民間療法があふれています。ICIの治療効果が認められたからといって、免疫療法と称するすべての療法の効果が認められたわけではありません。患者さんはその点にぜひ気をつけてください。

 ■川崎医科大学付属病院(倉敷市松島、086―462―1111) 臨床腫瘍科外来の受付時間は平日午前8時半~11時半と午後1時半~4時。土曜日は午前のみ。日曜、祝日は休診。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年05月21日 更新)

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