文字 

(3)こころの病気を学ぶ授業 万成病院多機能型事業所「ひまわり」施設長 田淵泰子

「こころの病気を学ぶ授業」の交流会では、最後に参加者全員が一つの輪になり、みんなで合唱する。曲は「手紙~拝啓 十五の君へ~」=2017年11月

京山中学校で行われているメンタルヘルスの授業。教員自ら統合失調症の正しい理解を生徒たちに教えている

心の病を経験した当事者を囲んでグループをつくり、闘病体験を聞いて学ぶ京山中生徒たち

 ●10周年の歩み

 「教育に参画しなければ社会は変わらない」

 2008年に千葉県で開かれたメンタルヘルス教育シンポジウム(精神障害へのアンチスティグマ研究会主催)で、私がコーディネーターを務めた際、当事者の方が訴えた言葉に心が震えました。「未来を担う若い世代にメンタルヘルスの理解を普及することが、真のメンタルヘルス普及につながる」と気づき、さっそく「ひまわり」の近隣にある岡山市立京山中学校に出向き、メンタルヘルスの授業を実施したいとアプローチしました。

 中学時代の恩師の尽力で快諾していただき、同中と当事業所が連携し、09年、総合学習の人権教育授業として「第1回こころの病気を学ぶ授業」を行うことになりました。立ち上げの授業で教室に板書された「統合失調症」「ひまわり寮」の文字を見て、「ここから新たな歴史が始まる」と身が引き締まる思いでした。

 毎回、2年生の全クラスを対象に、思春期に好発する「統合失調症」について5単元7時間の授業を行っています。同中では3代にわたる校長先生にバトンが引き継がれ、昨年10周年を迎えました。授業を受けた生徒は延べ約3千人に達しています。

 ●教員と当事者が参画する授業実践

 この授業の特色は、(1)教員が主体となる授業実施体制(2)心の病を持つ当事者との交流―の2点です。精神科医師ら専門家が授業するのではなく、教員が自ら統合失調症を学び、生徒たちに教えることで、精神疾患の正しい理解を深め、生徒からの相談への対応やメンタル緊急に対処する技術、ストレスマネジメントを身につけることも狙いです。

 授業の締めくくりに、心の病を持つ当事者との交流会を開きます。「二度と悲しいことを繰り返さない未来を創りたい」「交流こそが人と人を結ぶ唯一のもの」「生きる勇気をもらった」―病気の体験を告白し、生きづらさを抱えながらも懸命に生きる当事者の姿から、生徒たちは多くの学びを得ます。生徒たちが真摯(しんし)に学ぶ姿勢は、当事者の活力にもなっています。

 当事業所では、職場体験に参加する生徒や、「障がい者と共生する街づくり」を研究したいと来訪する学生が日常的に見られるようになりました。私が入職した15年前に思い描いた「未来を担う若い世代と心の病を持つ当事者が交流できる空間」に居られることに、夢を見ているかのような幸せを感じています。

 ●すべての学校にメンタルヘルス教育を

 ある生徒は「心はもろい、しかし、支え合う心は鋼のように強いという言葉があります。誰かを思いやり、支える心は何よりも強く、温かいものだと思います」という感想を残してくれました。授業の実践を積み重ねるにつれ、日本のすべての学校でメンタルヘルス教育を実施し、子どもたちが多様な人たちと共に生きる力を育むことが、私に与えられた使命ではないかと思うようになりました。

 今春から、岡山大学大学院教育学部修士課程教育科学専攻の学生となり、中国やアメリカ、カンボジア出身の学生と一緒に教育研究に取り組んでいます。イギリスやオーストラリアで教育の生命線となっているメンタルヘルス教育を、日本のすべての学校で実現するため、二度とない人生の時間をささげようと決意しています。

 本年度は京山中に加え、岡山市立旭東中学校でも初の「こころの病気を学ぶ授業」が立ち上がります。メンタルヘルス教育の可能性を追求し、一人ひとりの心の一隅を照らす授業の輪を広げていこうと思います。

     ◇

 万成病院(086―252―2261)

 たぶち・やすこ 山陽放送アナウンサーとして働いた後にフリーアナウンサーとして独立。西日本放送、岡山シティエフエムなどでキャスターやパーソナリティーを担当した。2003年、万成病院に精神保健福祉士として入職。公益財団法人こころのバリアフリー研究会評議委員。岡山県教育委員会人権教育講師。早島町教育委員会いじめ対策問題協議会委員。岡山大学大学院教育学部修士課程に在学中。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年07月02日 更新)

タグ: 福祉精神疾患万成病院

ページトップへ

ページトップへ