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犯人はゲノムの中に 岡山大病院 パネル検査で候補薬探す

遠西大輔助教

平沢晃教授

冨田秀太准教授

検査機関から届いた遺伝子変異の情報をもとに、患者の治療法や説明の仕方について話し合う岡山大学病院エキスパートパネルのメンバー

 何らかの原因で発生した異常な細胞が際限なく増え続ける病が「がん」である。ということは、増殖をコントロールする遺伝子のどこかに傷や狂いが生じているはずだ。

 ならば、遺伝子のセット=ゲノムを調べ、がんを引き起こした“犯人”を捕らえることができるのではないか。かつては夢のものだったがんゲノム医療が今、最新の技術によって実現しようとしている。

 今年2月、全国11の「がんゲノム医療中核病院」の一つに選ばれた岡山大学病院で、がんゲノム医療外来を担当する遠西大輔助教(血液・腫瘍内科)は「ゲノム医療はがんに対する考え方を一変させる」と言う。

 どういうことだろう。例えば、これまでは肺がん、大腸がん、頭頸部(とうけいぶ)がんはそれぞれ別のがんであり、当然治療法も異なるとされてきた。ところが、ゲノムの世界では、三つのがんに共通する「PIK3CA」という遺伝子に異常が見つかる場合があることが分かってきた。

 この遺伝子変異の作用を阻む薬を開発できれば、三つのがんに同時に効く可能性がある。遠西助教は「これからは臓器別ではなく、遺伝子変異によってがん治療を分けるようになっていく」と説明する。

 ゲノムはDNA(デオキシリボ核酸)をつくる四つの塩基を並べたおよそ30億のコード=暗号情報だ。ゲノム外来で行う「がん遺伝子パネル検査」は、この膨大な暗号の羅列から、欠落や順番の逆転、融合などの異常を読み取る。

 実際には、この解析作業は外部機関に委託する。ギガバイト単位のゲノムデータを照合するには、バイオインフォマティクス(生命情報科学)の専門職の力が欠かせない。岡山大学病院と提携する国内、米国の4社と国立がん研究センターの検査機関はそれぞれ専門スタッフを擁し、施設認証を受けている。

 もちろん、丸投げするわけではない。機関ごとに検査できる遺伝子数は数十から数百の幅があり、参照するデータベースや検査に要する時間も違う。ゲノム外来は主治医とともに患者のがん種や病状を検討し、最も適した検査機関を選定する。

 患者が知りたいのは遺伝子変異のリストではなく、治療法があるかどうか。平沢晃教授(臨床遺伝子医療学)は「きちんとがんのゲノム情報を読み解くことで、紹介元の主治医に対し、候補となる治療薬を提示している」と話す。

 岡山大学病院には強みがある。国際水準の臨床試験に取り組む「臨床研究中核病院」の指定も受けており、治験推進部が整備されていることだ。

 治療薬の候補があったとしても、国内で未承認、あるいは患者のがん種が適応外であれば使うことができない。しかし、岡山大学病院なら、そうした場合に医師主導の治験を申請したり、実施中の治験に参加したりする道が開けるかもしれない。

 現在、検査を受けるためには数十万円の費用を負担しなければならない。条件を満たす一部の検査は通常の保険診療との併用が可能な「先進医療」が認められており、国は近い将来の保険適用を視野に入れる。

 岡山大学病院は自施設の患者だけでなく、連携する全国21病院から患者の紹介を受け、リポート作成を請け負う役割を担う。

 検査を通じて集まるゲノムの「ビッグデータ」を今後、どう活用していくのか。バイオインフォマティクスが専門の冨田秀太准教授は「これまで欧米主導でデータベース構築が進んできたが、特に日本人に頻度の高い遺伝子変異もあるはず。データを分析して日本人のがんを標的とした創薬につなげたい」と期待する。

エキスパートパネル 治療法、説明巡り討議

 毎週一度、がん医療に関わる岡山大学病院の専門職が一室に集う。各診療科の医師だけでなく、がん看護専門看護師、化学療法に詳しい薬剤師ら多職種で構成する「エキスパートパネル」の会議が開かれ、がん遺伝子パネル検査を受診した患者の治療法や、結果をどう説明するかを巡って討議する。

 通常、がんの発生には単独の遺伝子変異ではなく、複数犯が関わる。検査機関からはしばしば10個を超える多数の変異が見つかったと報告がある。これらの“容疑者”のどれに焦点を当てて治療するのが効果的なのか。候補に挙がった治療薬が効くというエビデンス=証拠はどの程度確かなのか。エキスパートパネルのメンバーはそれぞれの専門領域で“がん捜査”に対する知見を示す。

 毎週2、3人ずつのリポートを検討する中で、治験薬が使える可能性があるという結論を出し、患者が「跳び上がって喜んでくれた」(遠西助教)という実例もある。しかし、現状ではそこまでたどり着けない患者が大半。多くの場合、変異があることが分かっても、その遺伝子がつくるアミノ酸がどう機能しているのか未解明で、治療薬が開発できていないのだ。

 そもそも検査を受けるのは標準治療が効かなかったり、再発したりした患者たち。結果が出るまでに病状が悪化し、治療が間に合わなくなる人もいる。遠西助教は「状態がいいうちに治療法の情報を届けられるよう、リポート作成のスピードを上げなければいけない」と力を込める。

 また、大部分のがんは遺伝しないが、卵子や精子になる細胞を通じて子孫に伝わる可能性のある遺伝子変異が見つかることがある。その場合、院内の遺伝カウンセリング外来が血縁者への対応を受け持つ。平沢教授は「がんゲノム医療と遺伝カウンセリングが継ぎ目なく連携し、安心して受診していただける体制にしたい」と話している。

 ■岡山大学病院がんゲノム医療外来 受診は現在の主治医から紹介を受け、事前に書類を郵送またはファクスで提出して予約する。手続きの問い合わせは同病院総合患者支援センター(086―235―7744)。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2018年11月05日 更新)

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