中性子を捕まえろ=BNCT 川崎医大附属病院 ホウ素との反応でがん攻撃

原子炉内で治療を受けた患者と話す平塚教授(左)。壁の開口部から患部に向けて中性子線を照射する=京都大学複合原子力科学研究所

BNCT治療を受けた高橋さん(右)と平塚教授(中央)、神谷医師。体への負担が少ないことが治療を決断させた

 高速で飛ぶ中性子は十分に減速すれば捕獲されやすくなる。そのエネルギーをがん細胞の中で放出させれば、極めて効率的ながん治療が実現するだろう。だが、どうすれば―。

 その鍵は「ホウ素」にある。中性子がその原子核に衝突すると、高いエネルギーを持つアルファ粒子とリチウム粒子に分裂する。二つの粒子はほぼ細胞1個分の直径である10ミクロン(0.01ミリ)ほどしか飛べない。がん細胞の中で反応が起きても、隣の正常細胞を傷つけることがないのだ。

 「破壊力はボクシングでいえばヘビー級のパンチ。しかも、標的だけに正確に当てられる」

 川崎医科大学附属病院(倉敷市松島)が2003年から臨床研究に取り組む「ホウ素中性子捕捉療法」(BNCT)を担う放射線科の平塚純一教授(64)=放射線腫瘍学=はそう例える。画像診断でも見つけにくい、病巣の周りに紛れ込んだがん細胞まで撃退できるのが大きなメリットになる。

 BNCTの成否は、いかにしてがん細胞だけにホウ素を集めるかにある。1950年代から治療を試みた米国では、ホウ素化合物などの質に問題があり、成果を残せなかった。日本で80年代、アミノ酸にホウ素を付けた化合物・ボロノフェニルアラニン(BPA)が登場。がんが増殖する際にアミノ酸を大量に取り込む性質を利用し、がん細胞だけを選択的に攻撃することが可能になった。

 川崎医大病院での治療は、京都大学複合原子力科学研究所(大阪府熊取町)の原子炉に出向いて行う。ホウ素薬剤を点滴した後、がんの場所や大きさによって中性子線を20~60分、原則1回照射する。病院に戻り、1週間程度入院して副作用などが起きないか観察する。

 「あごの下で男性の拳ほどの大きさに膨らんでいた腫瘍が消えた」。11年から治療に携わる神谷伸彦医師(36)も治療効果に驚いたという。皮膚から近く、中性子を当てやすい部位なら大きな効果が望める。

 これまで、頭頸部(とうけいぶ)がん88症例と悪性黒色腫(メラノーマ)をはじめとした皮膚がん30症例を治療した。治療痕も比較的目立たない。耳に大きな腫瘍のあった女性が治療を受けてイヤリングをつけたり、舌がんの患者が軽快してラーメンを食べたりと、希望がかなったケースもある。

 ただ、BNCT治療のハードルは高い。現在は川崎医大病院と、脳腫瘍を対象に大阪医科大学附属病院(大阪府高槻市)が行っているだけ。毎年、原子炉の定期点検がある数カ月間は治療を休止せざるを得ない。治療費も現在、120万円かかる。

 厳重な安全対策が求められる原子炉に頼らず、小型で病院にも設置できる加速器を使って中性子を発生させれば、もっと治療機会が広がる。現在、世界初の加速器によるBNCTの治験が国内で行われており、2017年には優先的に審査される国の「先駆け審査指定制度」にも選ばれた。保険適用が期待される薬事承認を目指している。

 かつてBPAによる治療を初めて成功させた三嶋豊・神戸大学名誉教授(故人)の研究チームで学び、BNCT学会の会長も務めた平塚教授は「BNCTを手術や化学療法と並ぶがん治療の第一選択にしたい」と望む。

 低速の中性子が体内で届く距離は皮膚の表面から5~6センチとされ、それ以上奥にがんが浸潤すると完全に死滅させるのは難しい。「もっと早い段階でBNCT治療を受けられるようになれば、救える命も増える」と平塚教授は期待を込める。

副作用少なく決断後押し

 川崎医科大学附属病院には、手術などの標準治療が奏功しなかったり、治療困難だったりする患者がBNCT治療に望みを託し、全国からやって来る。

 東京都の看護師高橋恵子さん(45)は昨年12月、首のリンパ節に転移したがんを治療するためにBNCTを受けた。

 舌がんを発病し、手術で舌の右半分と首のリンパ節を切除したものの再発し、放射線と抗がん剤治療を受けた。免疫治療薬オプジーボの投与も受けてがんを抑えてきたが、昨年秋からリンパ節の腫瘍が大きくなり、BNCTを選択した。

 これまで3度の再発と治療に伴う副作用に苦しめられてきた。唾液が出にくくなり、味覚もあまり感じなくなった。首の筋肉がこわばるせいか、舌の動きが悪く、食べ物を飲み込むのにも支障がある。

 BNCTの副作用が少ないことが、治療選択を後押しした。「『手術しかない』と言われていたらチャレンジしていたかどうか…。気力が持たなかったかもしれない」という。原子炉で治療を受けることに戸惑いもあったが、大きな副作用はなく、仕事にも復帰した。「体力が回復すれば、趣味の料理やゴルフを楽しみたい」と前を向く。

 「こんなにきれいにがんがなくなるのかと驚いた」と話すのは北九州市の女性(46)。昨年1月、外耳道がんの治療でBNCTを受けた。

 手術では完治せず、ほぼ半年ごとに再発を繰り返し、放射線、分子標的薬、オプジーボのほか、先進医療の重粒子線などさまざまな治療を受けてきた。「長くて半年」と余命宣告された時期もあった。

 BNCT治療後は再発していない。体力も戻り、家事をこなせるようになった。「今度こそ―」。女性は闘病を支えてくれた夫(45)とともに希望を見いだしている。

 ■川崎医科大学附属病院(倉敷市松島、086―462―1111) 放射線科の受付時間は月~金曜午前8時半~11時半、午後1時半~4時。かかりつけ医からの紹介予約が必要。

(2019年02月18日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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