(5)飽食の時代なのに低栄養問題? 岡山西大寺病院歯科医長 園井教裕

園井教裕医長

 飽食の時代と言われる現代において、「低栄養問題」と聞いても何のこと? と思う方は多いと思います。これに関して、2020年1月に厚生労働省から発表された「平成30年国民健康・栄養調査」をみると、女性のうち65歳以上で2割が、85歳以上で3割弱が、低栄養傾向(体格指数BMIが20kg/m2以下)であることがわかりました=グラフ1。この結果は、不自由なく日常生活を過ごしている高齢女性では、低栄養の方が多いことを意味します。

 では、低栄養であるとどのような問題がおきるのでしょうか。二つの大きな問題として、(1)肺炎や皮膚炎の原因となる感染症にかかりやすい(2)手足などの傷が治りにくい―があり、日常生活に支障が出ます。それを防ぐためには、高齢者が「食べられない」と訴えた時には、なぜ食べられないのかとその原因を考えなくてはいけません。

 19年末に公表された「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書(2020年版)によると、追跡開始時(追跡開始時年齢65~79歳)のBMIとその後の総死亡率との関連を見ると、やせの方の死亡リスクが大幅に増大しています(平均11・2年間追跡)=グラフ2。日本人の食事摂取基準では、65歳以上の目標とするBMIの範囲は、65歳未満の方に比べて高めに設定されています=

 口に関係する低栄養対策は、「何でも食べることができる口内の環境をつくること」です。日頃から口の中を清潔にすることを心がけ、口内の細菌が増えて起こるむし歯や歯周病の治療を受けて細菌を減らし、さらには入れ歯(義歯)やかぶせ物(冠)などを装着して、食物を咀嚼(そしゃく)して嚥下(えんげ)することができるように口の機能を回復させる治療を受ける必要があります。不潔な口内の状態で機能を回復させても、新たなむし歯の発生や歯周病の進行で、早期に口の機能は低下してしまいます。

 また、不潔な口内環境は、誤嚥性肺炎を発生するリスクを高くしてしまいます。誤嚥性肺炎が起こると、飲み込みに関わる筋力および筋肉量が低下することもあります。その結果、誤嚥リスクがますます増大し、誤嚥性肺炎を繰り返して起こす可能性が高くなるという負のサイクルになります。

 さらに、口で咀嚼して嚥下するために必要な筋肉を動くように維持することも大事です。「健口体操」と言われる口の運動や積極的な会話が、この必要な筋肉を維持すること(廃用予防)になります。また、高齢期にみられる骨格筋量の低下と筋力もしくは身体機能(歩行速度など)の低下と定義されるサルコペニア(日本サルコペニア・フレイル学会)は、口から食べるために必要な筋肉にも悪影響を及ぼし、そのために起こる低栄養状態は、巡り巡ってサルコペニアの進行につながります。

 「かめるように食事を柔らかくすると食べることができるようになる」というお話は、間違いです。食事を柔らかくすると、十分に咀嚼せずに飲み込むことができるようになります。しかし、そのことによって口の機能(咀嚼と嚥下)がさらに低下する可能性があります。また、食事をミキサーにかけて飲み込みやすくすると、その際に水を加えることが多いので食事の全体量が増してしまい、満腹感になりやすくなって必要な栄養量を摂取できなくなります。

 このように、適切な食事形態を決定するためには種々の注意が必要です。さらに、健康長寿研究(大阪大学・東京都健康長寿医療センター研究所=http://www.sonic-study.jp)によると、かむ力が低い人は野菜の摂取量が少なくなるので、ビタミンA、C、Eや食物繊維の摂取量が少なくなってしまいます。このように、低栄養状態だけではなく栄養バランスにも配慮が必要なのです。

 健康長寿を楽しむために、口内環境のお手入れを大切にして、栄養状態に配慮しましょう。食事に偏りがあるなと感じたら、口内環境を見直してください。

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 岡山西大寺病院(086―943―2211)

 そのい・のりひろ 2004年岡山大学歯学部卒業、08年同大学大学院医歯学総合研究科修了。同大学病院歯周科、国立療養所栗生楽泉園、岡山大学歯学部歯学教育・国際交流推進センターを経て、18年4月から現職。日本臨床栄養代謝学会学術評議員及び認定歯科医、インフェクションコントロールドクターなど。

(2020年04月20日 更新)

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