(5)本当に怖い大腿骨近位部骨折の話 岡山赤十字病院整形外科副部長外傷センター長 土井武

土井武氏

 大腿骨(だいたいこつ)近位部骨折は80歳代の高齢者に多い、股関節や足の付け根の骨折です。折れた場所によって、大腿骨頸部(けいぶ)骨折と大腿骨転子部骨折に大別されます。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)があると折れやすくなり、ちょっと転んだだけでも生じます。国内の患者数は年間約20万人と言われており、岡山県内では年間約2千人と計算できます。1年後死亡率は患者全体で10%程度ですが、高齢になると上昇し、80歳以上では約20%、90歳以上では約30%と言われています。

 ほとんどの人は手術が必要となりますが、手術をしなかった、できなかった人もいます。もともと持っていた心臓や肺の病気などのため手術が難しいと判断されたためです。歩けなくなって寝たきりになります。昭和の初期から中期にかけては、転倒を契機に寝たきりになって身体機能が低下し、認知症になったり、誤嚥(ごえん)性肺炎や心不全などを起こして亡くなる方も多かっただろうと想像されます。

 では、手術がうまくいけば元通りに生活ができるようになるのでしょうか? これまでに行われた大規模研究では、けがをする前に屋外歩行できていた(買い物などに外出ができていたなど)人が、同様の歩行ができるようになるのは50%とされ、半分の人は手術がうまくいったと言われても杖(つえ)が必要になったり、外出ができなくなったりして介護、介助が必要な生活を余儀なくされることとなっていることがわかりました。生活の質(Quality of Life=QOL)が低下してしまった状態です。

 さらに怖いことには、一度大腿骨近位部骨折をしたことがある人は反対側を骨折する危険性が3~4倍になると言われています。これを「骨折の連鎖」とか「ドミノ骨折」と言います。1人の患者さんを何回も手術することは珍しいことではありません。このように大腿骨近位部骨折は、大げさではなく人生が変わってしまうようなけがだと言えます。

 なんとかこの悪い連鎖を断ち切るためには骨粗鬆症の治療が有効です。骨粗鬆治療薬は骨塩量を維持、増加させるだけでなく骨折予防効果の認められたものもあります。骨粗鬆治療は継続が大切です。しかし継続することは難しいことです。骨粗鬆症という病気は骨折がなければ痛くもかゆくもなく、日常生活には支障のないことも多い病気のため、継続率が低いと言われています。このため知らない間に負のスパイラルに陥っていることが多いものと思われます。

 ちょっと転んだだけから生活が一変し、自立した生活ができなくなることがあります。骨粗鬆症と診断されたら健康寿命を維持するために骨粗鬆治療薬を内服しましょう。高血圧の薬のように内服したら効果が数字で判断できるような薬ではありませんが、続けていると次の骨折を予防してくれる効果が期待できます。

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 岡山赤十字病院(086―222―8811)

 どい・たけし 岡山大学医学部卒。日本鋼管福山病院、国立岩国病院、岡山大学病院、福山市民病院を経て、2010年4月より岡山赤十字病院勤務。外傷の急性期医療を中心に、高齢者特有の骨折から開放骨折や骨盤骨折などの重症外傷まで幅広く専門的に治療している。日本整形外科学会専門医。

(2020年12月07日 更新)

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