がんの脊椎転移 連携会議で治療検討 川崎医科大学附属病院

「がんが進行すれば1割程度の割合で骨転移は起きる。余命の限られた患者さんにとって、残された時間をいかに過ごすかが問題になる」と語る中西一夫医師

がんの脊椎転移をめぐるリエゾン会議。関係する医師らが専門的な見地から意見を出し合い、最善の治療を検討する

 がんが進行して骨に転移すると、その時点でステージIVと診断される。完治は厳しい状態だ。とりわけ脊椎に転移すると骨がつぶれて激しい痛みが生じたり、脚がまひして歩けなくなったりして患者のQOL(生活の質)を大きく損なってしまうし、余命にも影響する。川崎医科大学附属病院(倉敷市松島)は、脊椎転移の兆候が見られた患者が重篤な状態に陥る前に、整形外科や放射線科など関係各科の医師が「リエゾン(連携)会議」を開いて最善の治療を検討する。寝たきりになるのを防ぎ、残された時間を自分らしく過ごせるようにするのが目的だ。国民病とも言えるがんと超高齢化の時代を見据えた医療を提供している。

 「乳がんの女性で60代。脊椎全体に転移が見られます。(骨の破壊を防ぐ)骨修飾剤と抗がん剤で対応してみましょう」

 「50代の大腸がんの女性は、腰椎に多発転移があって不安定な状態。痛みがひどい。手術での対応を考えましょうか」

 川崎医科大学附属病院で毎月1回開かれるリエゾン会議では、整形外科と原発がんに関わる診療科、画像診断に携わる放射線科などから十数人の医師や看護師らが意見を交わす。

 一口に脊椎転移と言ってもその病態はさまざまで、治療法は一律ではないため各科の専門的な意見が欠かせない。腫瘍の位置やタイプ、脊椎の不安定性の度合い、痛みの有無、これまでの治療歴などから状態を評価。脊椎を安定させる低侵襲の手術(MISt)や骨修飾剤の投与、がんに対する化学療法、放射線療法に加えて痛みを抑える緩和療法など、さまざまな選択肢の中から最適の組み合わせが選ばれる。

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 会議を主宰するのは、整形外科副部長の中西一夫医師(脊椎主任)だ。他の大学病院から赴任した翌年の2013年12月、中西医師の発案で会議は始まった。

 中西医師は放射線科医に協力を求め、CTやMRIなどの画像診断の中で、脊椎転移を見つけた場合に連絡をもらっている。毎月60件ほどあり、その中から「危険な症例」を選んで議題に挙げている。

 骨転移には骨を溶かす「溶骨型」、逆に硬くする「造骨型」、その二つが入り混じる「混合型」などがあり、「溶骨型」が一番危ないという。「このことは脊椎外科医でないと分からない」ので、院内で見つかった脊椎転移の症例全てに目を通しているわけだ。

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 脊椎転移は移動や食事、排せつなどのADL(日常生活動作)、QOLへの影響が大きい。骨転移が進行すると、転移腫瘍周辺の背骨が溶けて骨折したり、骨がつぶれて神経を圧迫するなどの骨関連事象(SRE)が起きる可能性が高まる。痛みやまひのため、寝たきりとなって体力が落ちてしまえば、抗がん剤や放射線の副作用、体に負担の大きい手術には耐えられず、治療の継続が難しくなってしまう。

 しかも進行が早く、まひが出てから数日で歩けなくなると言われる。そうなってから脊椎疾患を専門とする整形外科を受診しても、症状の改善が難しい場合は少なくない。腫瘍による圧迫を受けて脊髄に不可逆的なダメージを受けると、回復することはないためだ。

 まひが起きた場合は一刻も早い緊急手術が必要で、「できれば6時間以内には対応したい」と中西医師は言う。昼夜を問わない、負担の大きな緊急手術ではあるが、神経を圧迫している腫瘍を取り除いて神経を保護するのが目的。元々のがんの治療ができていなければ圧迫はまた起きる。いたちごっこのような状況だ。

 「だからこそSREが起きる前、早め早めに手を打つ必要がある」と、中西医師はリエゾン会議の意義を強調する。

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 これまでにリエゾン会議を経て対応したのは、7年余りの間に1千例を超えている。中西医師によると、SREが起きる前に適切な治療を施せた脊椎転移の患者の生存率は、がんの種類によって多少の差はあるが、国立がん研究センターがまとめた全国のステージIVの患者の3年生存率とほぼ同じ数字を示している。

 一方、SREを起こし、下半身のまひなどで寝たきりになってしまった患者と比べると、余命には「9カ月」の差が出たという。

 ステージIVになったとしても、すぐさま「終末期」というわけではない。病気の進行を抑えながら、残された人生をがんとともに歩む段階に来た、と言う意味だ。それだけに「9カ月」の違いは大きい。

 脊椎転移が見つかったとしても、まだ体力があるうちに手術や放射線治療などができれば、痛みが取れて立ち上がったり歩けるようになるかもしれない。中西医師は「通院治療で状態を維持できるようになれば、自宅に戻って家族とともに過ごせる時間が持てる。患者さんが、自分らしく生きるためには必要な時間だ」と話している。

(2021年02月01日 更新)

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