第1回「がん」

山口佳之氏

日野啓輔氏

 病気の発症には食事や運動、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関わっている。厚生労働省によると、日本人の三大死因であるがん、脳血管疾患、心疾患、さらには脳血管疾患や心疾患の危険因子である動脈硬化症、糖尿病、高血圧症、脂質異常症などはいずれも生活習慣病であるという。ならば、今の生活が改善できれば病気の発症を防げるかもしれない。少なくともより健康でいられる時間は延びるだろう。本年度の「川崎学園特別講義」は生活習慣にスポットを当て、「よりよくいきる」を考える。初回は「がん」。川崎医科大学臨床腫瘍学の山口佳之教授、同大学肝胆膵内科学の日野啓輔教授に話を聞いた。

「がんとは何か」 川崎医科大学臨床腫瘍学 山口佳之教授

 1981年以降、日本人の死因の1位は悪性腫瘍、すなわちがんです。男性は3人に2人、女性では2人に1人が生涯に何らかのがんに罹患(りかん)し、そのうち3人に1人が亡くなるとされます。年間約40万人の命が奪われているのです。

 ■自律性失い異常増殖

 われわれの身体は細胞からできており、全ての細胞からがんが発生し得ます。

 がんとは自律性を失って異常増殖をする細胞のことです。細胞は分裂して増えますが、通常、あるシグナルが入ると増殖は止まります。ところが遺伝子が変異してがんになると自律性を失い、増殖が止まらず大きくなり、臓器の機能を障害します。肺や肝臓、脳など重要臓器にも転移して最終的に人の命を奪うのです。

 がんには塊を作る固形がんと、塊を作らない血液がん(白血病、悪性リンパ腫など)があり、固形がんには気道粘膜、胃粘膜などの上皮細胞から発生する癌(がん)腫(肺癌、胃癌など)と、骨や軟部組織細胞(脂肪、筋肉、神経など)から発生する肉腫(骨肉腫、脂肪肉腫など)があります。肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、乳がんを5大がんといいます。

 ■遺伝子の傷

 がんは遺伝子の病気です。われわれの身体の細胞は絶えずリニューアルしています。両親からもらった遺伝子という、細胞の設計図のようなものに基づいて古い細胞は新しい細胞へと入れ替わります。通常、遺伝子は正確にコピーされ、新しい細胞へと引き継がれていくのですが、コピーミスが起こることがあります。

 タバコや過度の飲酒、紫外線、放射能などが影響して遺伝子が傷を受け、変異してしまうのです。こうしたことが重なると設計図が狂い、ルールを守らない悪い細胞ができてしまいます。これががんです。

 間違った遺伝子から作られたものは自分ではありません。元々は自分からできたものではありますが、自分ではないものを持った自分、それががんなのです。

 ■修復機能

 一方、われわれの身体には遺伝子の傷を修復する機能が備わっています。傷は一定頻度で生じてしまいますが、この機能によって傷は修復され、われわれはがんにならずに済んでいるのです。ところが、この修復機能に異常が生じることがあり、傷が修復されず蓄積すると、がんができやすくなってしまいます。

 がん細胞ができてしまっても、われわれの身体には異物を排除する免疫という仕組みがあります。自分ではないがん細胞の発生を監視し、やっつけてくれるのです。ところがここでも加齢やストレス、低栄養、タバコや過剰な飲酒、ある種の疾病などによって免疫能が低下すると排除できなくなり、がん細胞はのさばってしまうのです。

「生活習慣改善の重要性」 川崎医科大学肝胆膵内科学 日野啓輔教授

 国民の健康を考えるうえでがんの予防、治療は避けては通れない課題です。残念ながら根治できるがんはあまりありません。だから、がんで死なない最も有効な方法はがんにならないことです。「そんなことできるの?」と思われる方も多いかも知れません。しかし、身近な生活習慣の改善こそ、がんにならないための最も有効な方法なのです。

 ■肥満は危険

 国立がん研究センターがまとめた「がんを防ぐための新12か条」があります。

 喫煙やお酒の飲み過ぎが身体に悪いことは多くの方がご存じだと思います。しかし、たばこも吸わない、お酒も飲まない人であっても不規則な食生活を長年続けて運動も全くしない結果、この5年で5キロ、10キロ太ったなんていう人は要注意です。

 肥満はがんの重要な危険因子で、高度な肥満男性は肥満のない男性に比べて4倍以上も肝臓がんになりやすいことが米国の大規模研究で分かっています。とりわけ男性は35~40歳を契機に脂肪肝が非常に増えてきます。

 ■肝硬変と肝臓がん

 肝臓は脂肪がたまりやすい組織です。中性脂肪が増えると脂肪細胞は大きくなり、脂肪肝となります。すると炎症が起きて肝細胞は壊れていきます。その際、肝臓の修復などに関わっている肝星細胞が活性化され、壊れた細胞の代わりにコラーゲンの線維をどんどん作っていきます。繊維化は次第に肝臓全体に広がり、肝硬変に至り、肝臓は機能を失うのです。

 そして肝硬変に至るその背後で、10年、15年というレベルで活性し続けている肝星細胞から出るいくつかの物質が肝細胞に影響を与え、がん化を誘導していると考えられています。

 肝硬変によって硬くなった肝臓を元の状態に戻すことは今の医療ではできません。残された肝機能の維持と肝臓がんの予防が目標となります。ただ、検診などで早期に異常が見つかり、生活習慣を変え、体重を落とすことができれば、状態の改善は期待できます。

 ■サルコペニアに要注意

 肉や脂肪中心の偏った食生活も大腸がんの危険因子です。老化や運動不足で筋力が低下したり筋肉量が減少したりする状態をサルコペニアと言います。筋肉量が減少すると基礎代謝も減って消費エネルギーも少なくなるため、今までと同じ食事をしても太りやすくなってしまいます。

 もちろん、肝炎ウイルスやピロリ菌感染の検査、定期的ながん検診を受けることも大切ですが、腹八分でバランスのとれた食生活を行い、どこに行くのも車でという生活はやめて少しでも歩くように心がけることが、がんにならないための重要な予防法であることを再認識していただきたいと思います。

(2021年05月17日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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