第2回「研究進むがん」

中田昌男教授

上野富雄主任教授

紅林淳一教授

(国立がん研究センターの資料より)

 日本人の2人に1人は一生のうち、何らかのがんにかかるといわれる。国立がん研究センターの資料によると、2017年に新たにがんと診断されたのは97万例、19年にがんで亡くなったのは37万人に上るという。生活習慣の改善で、がんに「かかりにくく」することはできるが、「かからない」ようにはできないという。完全に防げないのなら相手を知ることが大切だ。川崎学園特別講義の第2回は、主要ながんのうち近年研究が進んでいる「肺がん」「大腸がん」「乳がん」の三つを取り上げる。

「肺がん」 川崎医科大学呼吸器外科学 中田昌男教授

 肺がんは治りにくいがんです。患者さんは多く、年間に約12万5千人が発症し、7万5千人余りが亡くなっています。しかし、最近は新薬の開発が進み、生存率は年々上がっています。

 ■タバコが原因

 肺がんは小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分けられます。非小細胞肺がんには腺がん、扁平(へんぺい)上皮がん、大細胞がんがあります。一番多いのが腺がんで7割近くを占め、2番目はタバコが原因の扁平上皮がんですが、喫煙率の低下に伴い3割まで減少しました。

 小細胞肺がんは悪性度が高く、多くの場合、発見されたときはあちこちに転移しています。そうなると手術は難しく、もっぱら内科的な治療になります。

 非小細胞肺がんは小細胞肺がんに比べれば発育速度はゆっくりなので、転移がない状況で見つかることがあります。

 ■進行がんでも希望

 早い段階でがんが見つかれば、それだけ生存率は上がります。肺がんのステージは複雑ですが、分かりやすく言うと、肺の中にがんがとどまっているのがI期▽肺の付け根のリンパ節に転移があるのがII期▽気管の周囲のリンパ節に転移があるとIII期▽他の内臓に転移している状態がIV期となっています。

 I、II期では手術か、手術の後に抗がん剤を使います。IIIA期の治療は抗がん剤を打ちながら放射線治療をして、一通り終わった後に免疫チェックポイント阻害薬を継続します。切除が可能な場合には手術を行うこともあります。

 IV期になると薬の治療になります。以前は抗がん剤だけでしたが、今は分子標的薬、免疫療法もあります。扁平上皮がんには免疫療法が、腺がんには分子標的薬がよく効きます。

 たとえ進行がんであったとしても、希望が見える状態になっています。

 ■検診が大切

 肺がん全体の5年生存率は35%くらいです。なぜこんなに悪いのかというと、手術ができる状態で見つかる人(I、II期)が全体の30%くらいしかいないからです。IA期の人に手術をすると、5年生存率は86%。この段階だと治る可能性は非常に高いのです。

 早期発見には検診が大切です。検診で異常を指摘されたら、精密検査をきちんと受けてください。

 ただ、昨年はコロナの影響で健康診断を受ける人が減りました。これが数年後、どういった形で現れてくるのか心配です。

「大腸がん」 川崎医科大学消化器外科学 上野富雄主任教授

 大腸がんは食事と関係の深いがんです。もともと欧米で多く、日本でも増えています。野菜が減って肉が主体の食事になるとよろしくありません。

 ■血便に注意

 進行はゆっくりで、比較的おとなしいがんです。早期に見つかれば内視鏡で治せます。ある程度ステージが進んだとしても手術や、さまざまなパターンの薬物療法を駆使して制御できるようになってきました。

 早期の段階で自覚症状はほとんどありませんが、進行すると血便が出ます。おなかが張ったり便秘になったりもします。血便は痔(じ)と間違えて見過ごさないようにしてください。

 大腸がんかどうかは内視鏡検査をすればはっきりします。ポリープなどの病変が見つかれば、組織を採取して病理診断もできます。

 ■治療成績は良好

 治療成績は良いほうです。5年生存率は70%を超えていて、早期で見つかれば治ります。

 治療はステージによって変わります。がんが粘膜内にとどまっている0期か軽度のI期であれば内視鏡治療でがんを切除します。

 II、III期は手術をした後、リンパ節転移の可能性を考え抗がん剤を使った補助化学療法を施します。体への負担が少ない腹腔鏡での手術が第一選択となります。直腸がんであれば、直腸は骨盤内の深く狭いところにあるので、操作性に優れたロボット手術が適しているでしょう。

 血行性転移(肝転移、肺転移)があるIV期の場合は、治療的な薬物療法に取り組みます。抗がん剤に分子標的薬、免疫療法も含めて薬剤のコンビネーションは多数あります。複数の選択肢を提示しながら患者さんと話し合って治療方針を決めていきます。

 ■生活習慣改善を

 大腸がんにならないためには生活習慣の改善が大切です。肉ばかりを食べたり過度の飲酒、喫煙、肥満はリスク因子となります。

 一方、食物繊維はリスクを下げてくれます。食物繊維は腸内細菌叢(そう)(腸内フローラ)を育て、腸内環境を整えてくれるからです。腸は植物で言えば「土」に当たります。“有機栽培”で良い土壌が育てば、きれいな花が咲きます。

 ある程度年を取れば誰しもポリープができているものです。ポリープががんにならないとも限りません。ですから50歳を過ぎたら一度は内視鏡検査を受けることをお勧めします。

「乳がん」 川崎医科大学乳腺甲状腺外科学 紅林淳一教授

 乳がんは女性がかかりやすいがんのトップです。9人に1人、年間9万人余りが発症しています。死亡は年間約1万5千人、65人に1人くらいになります。

 ■家族歴に注意

 40歳以上の人や、家族に罹患(りかん)歴がある人は気を付けなければなりません。乳がんに深く関係している遺伝子があることが分かっています。米国の女優アンジェリーナ・ジョリーさんは健康な乳房を予防のために切除しました。家族を乳がんで亡くしており、自分の遺伝子を調べると、将来、同じように乳がんを発症するリスクが高いことが分かったからです。

 遺伝性の乳がんを発症した患者さんが、新たながんを防ぐために乳房を予防的に切除する手術が2020年4月から保険適用となっています。その際は遺伝カウンセリングをきちんと受けることが重要です。

 ■二つのピーク

 がん患者は高齢になるほど増えますが、乳がんは若い年齢層で発症します。40~60代で発症するがんの多くは乳がんです。

 日本人の乳がん発症の大きな特徴として、40代後半と60代前半の二つのピークが存在することです。

 40代後半のピークはアジア人の特徴で、中国、韓国でもそうです。60代前半のピークは欧米人の特徴です。日本人は、この両方の特徴を併せ持ち、最近は60代後半の発症が増えています。体格が大きくなり、結婚・出産年齢は遅くなり、食生活を含めた生活スタイル全般が欧米化していることの現れだと思われます。

 ■超音波検査がお勧め

 治療の基本は手術ですが、近年、画期的な新薬が次々と開発されています。

 分子標的薬のCDK4/6阻害薬を再発後のホルモン治療に併用すると、その治療効果を高め、かなりの期間、進行を抑えて生存期間も伸びます。命に直結する新しい薬です。

 がん細胞を選んで結合する抗体に、がん細胞だけを攻撃する薬物を合わせた分子標的薬も開発されています。

 乳がんは早期に見つかれば完治が望めます。10年生存率は約80%です。検診には市町村が行う対策型検診と、個人が自費で行う任意型検診があります。対策型ではマンモグラフィー、任意型では超音波検査が中心です。超音波を使うと、40代の乳がんを早く見つけることができるので、家族歴がある人、気になる人は個人で超音波検査を受けた方が良いでしょう。

(2021年06月21日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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