第4回「がん患者の就労支援と在宅療養支援」

高橋誉文氏

荒木野ひかる氏

羽井佐実氏

森亜紀氏

松岡美保氏

 1年間に100万人が新たにがんを発症し、がんによって37万人が亡くなっている。われわれの生活からがんを切り離して考えることはできなくなった。がんの治療が通院で行われることが増えた今、治療と仕事の両立に向けた「就労支援」は持続可能で多様な社会を形成する上で欠かせない。末期を迎えたがん患者の「自分らしく最期を迎えたい」「自宅に帰りたい」という思いを実現させる「在宅療養支援」は個人の尊厳を守る意味で大切だ。川崎学園特別講義の第4回は、この二つのテーマについて専門家の話を聞いた。

「就労支援」
川崎医科大学附属病院がん相談支援センター医療ソーシャルワーカー・社会福祉士 高橋誉文、荒木野ひかる
 

 国内では2人に1人ががんに罹患(りかん)し、そのうち3人に1人は65歳未満です。つまり、働く世代の6人に1人が何らかのがんになる可能性があるのです。

 ただ、がんになったからといって、すぐに「仕事ができなくなった」とか「会社を辞めよう」などとは思わないでください。治療しながら働いている人は32万人以上いるといわれます。

 ■両立は社会の要請

 がん医療の進歩は著しく、今では治らない病気ではありません。つらい副作用も抑えられるようになりました。短期の入院と通院による治療が中心となり、患者さんからは「働きたい」という声が多く聞かれます。誰でもがんにかかる可能性があるがために、「仕事と治療の両立」は社会の要請なのです。

 そこで国は「がんになっても安心して働き暮らせる社会の構築」を盛り込んだ第2期がん対策推進基本計画(2012年)、がん対策加速化プラン(15年)を打ち出し「がん患者の就労支援」を進めてきました。

 ■社会復帰を後押し

 がん相談支援センターをご存知でしょうか。全国の「がん診療連携拠点病院」などにある、どなたでも無料で利用できる相談窓口です。治療や副作用、医療費、在宅療養、就労支援などさまざまな不安や疑問について相談を受け付け、患者さんの生活を支援します。

 当院では2008年に開設しました。医療ソーシャルワーカーが常駐し、両立支援に取り組む岡山産業保健総合支援センターやハローワークとも連携しながら、患者さんの社会復帰を後押ししています。

 患者さんからの相談は、「病気のことを会社にどのように伝えたらいいのか分からない」「治療はまだ続いているが、いつになれば仕事を再開できるだろうか」「復職したいが会社がうんと言わない」―などさまざまです。相談内容に応じて、医師やリハビリスタッフのほか岡山産業保健総合支援センターの両立支援促進員、場合によっては職場の人事担当者らも交えて、どうすれば復職が可能か、仕事を継続できるのかを検討します。

 ■正しい認識が重要

 治療を受けながら働くためには、会社や周囲の人に病気のことを正しく理解してもらい、治療のために休暇を取ったり、時には仕事内容の変更についても相談できる環境が必要です。しかし、中にはがんになった従業員をどうサポートすればいいのかよく分からず、労働災害などを懸念して、一方的に「辞めてください」と言っている場合もあるように思います。

 まずはがんという病気について、正しい認識が社会に広がることが重要です。がん相談支援センターの取り組みが、その一助になればとも思っています。1人で悩まず、いつでも相談してください。

「在宅療養支援」
川崎医科大学総合医療センター外科部長・在宅療養支援センター長 羽井佐実
訪問看護ステーションかわさき管理者・看護副師長 森亜紀
居宅介護支援事業所かわさき管理者・主任介護支援専門員 松岡美保


 厚生労働省の調査(人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書、2018年)によると、「末期がんで、食事や呼吸が不自由であるが痛みはなく、意識や判断力は健康なときと同様」の場合、国民の47%が住み慣れた自宅での医療・療養を希望しています。特に最期を迎えたい場所については、医療機関での19%に対し69%の人が自宅を希望しました=図1。しかし、実際に自宅で最期を迎えた人は14%、病院は71%。数字は逆転しています=図2

 ■理解はいまひとつ

 自宅以外での療養を選んだ人は、「介護してくれる家族等に負担がかかるから」「症状が急に悪くなった時の対応に自分も家族等も不安だから」などの理由を挙げています。

 この調査から分かることは、多くの方が自宅を希望しているのにもかかわらず、在宅療養のための医療や介護のサービスをあまりご存じなく、十分に利用できていないのではないか―ということです。そのため、ただ漠然と「帰るのは難しい」と思っている場合が少なくないように思います。医療従事者であっても、その傾向は見られます。

 ■思いを共有

 重要なのは「最期を自宅で過ごしたい」という気持ちを家族や介護してくれる人と共有することです。

 がんの治療が始まり、長い治療が続くとき、多くの人は複雑な気持ちを抱えています。最期のことは考えたくないものです。しかし、差し迫った状況ではない段階から、療養生活に対する思いを自ら言葉にし、家族や治療にあたる主治医(がん治療の専門医)、在宅療養を支えてくれるかかりつけ医や看護師らと共有することが大事です。これが「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」です。

 ■「帰りたい」が実現

 病状が進んで入院していると、食事がとれず点滴している、呼吸が苦しい、体にチューブが入っていて傷もある―といった状態になります。それでも看護師や介護福祉士(ヘルパー)らが助けてくれれば、自宅に戻ることはできます。

 すい臓がんが進行した80代の男性患者さんがおられました。終末期で、鎖骨の近くから中心静脈栄養のカテーテルを入れ、麻薬で痛みを抑えていました。主治医も自宅に帰るのは難しいと考えていましたが、本人は「どうしても帰りたい」、奥さんは「自宅で死なせてあげたい」と、強い思いを抱いていました。

 その思いを実現させるため、訪問看護師は自宅に毎日通いました。状態が悪くなったらいつでも入院できる体制も整えていましたが、最期はご希望通り、自宅で迎えられました。

 ■みんな無理なく

 ただ、在宅療養は入院中と同じ密度で医療やケアが受けられるわけではなく、過度な期待は抱かないでください。病院で過ごす方が快適な場合もあります。それでも「帰りたい」という気持ちが強ければ、不安もあるかもしれませんが「とりあえず帰ろう」と、一歩を踏み出してもらえたらと思います。どんな困難事例であっても、支える方法はあると考えています。

 「家に帰って良かった」。そう思ってもらえることが一番大事です。

(2021年09月06日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

タグ

カテゴリー

関連病院

PAGE TOP