インスリン発見100年 糖尿病 かつては死の病

四方賢一教授

サマーキャンプで、炭水化物の量を計算しながら食事をとる子どもたち=2019年8月、備前市・県青少年教育センター閑谷学校(岡山小児糖尿病協会提供)

 血糖値が異常に高まる「糖尿病」は、重症化するとQOL(生活の質)を大きく落とすだけでなく命に関わる病気だ。実際、100年前までは糖尿病に対してなすすべはなく、多くの人が亡くなった。その状況を一変させたのが1921年の「インスリン」の発見だ。血糖値を下げるホルモンで、これを機に研究は大きく進んだ。インスリン製剤をはじめさまざまな薬剤が開発され、糖尿病患者は他の人々と同じように生活し、長寿を迎えられるようになった。この100年を振り返るとともに、糖尿病治療の現状を専門家や当事者に聞いた。

 すい臓のベータ細胞から分泌されるインスリンは、食事によって増えた血液中のブドウ糖をエネルギー源として筋肉や肝臓などの細胞に取り込んで、血糖値(ブドウ糖の血中濃度)を一定に保つ働きがある。

 糖尿病は、このインスリンが枯渇していたり(1型糖尿病)、十分に働かなかったりして(2型糖尿病)、生命の維持に必要なブドウ糖が細胞内に取り込まれることなく、血液中にあふれかえってしまう病気だ。注射で体外から補給するインスリン製剤が開発されるまで、重症の糖尿病になった患者は痩せ衰え、著しい高血糖のため昏睡に陥り、やがて亡くなっていた。

 インスリンを発見したのは、カナダの外科医フレデリック・バンティングとトロント大学の医学生チャールズ・ベスト。それ以前の研究から、すい臓の何らかの分泌物が糖尿病に深く関与していることは分かっていた。1921年、バンティングらはその分泌物であるインスリンの抽出に成功した。翌22年には糖尿病患者への効果を実証。製薬会社によるインスリン製剤の生産が始まった。

 当初のインスリン製剤は精製が不十分で効果にばらつきがあり、効きすぎて低血糖を招いたりアレルギー反応もあった。それでも投与した患者は命を永らえることができた。ただ、うまくコントロールができず、高血糖が継続することにより発症する糖尿病性の神経障害や網膜症、腎症などの合併症が問題になった。

 80年代に入ると、遺伝子工学によるヒトインスリンが従来の動物由来の製品に取って代わり、90年代以降は超速効型など効き目の早さや持続の異なる多様な製剤が製品化された。近年は1日の血糖値の変動を持続的に測定する機器も開発され、きめ細かな血糖管理ができるようになっている。

 その一方で、生活習慣が主な原因の2型糖尿病向けの経口薬などの研究も進んだ。血糖値が高いときだけ作用し、低血糖などの副作用が起きにくいDPP―4阻害薬(2009年)をはじめGLP―1受容体作動薬(10年)、SGLT2阻害薬(14年)など画期的な薬剤が使用されるようになり、血糖値のコントロールや合併症の進行抑止に効果を上げている。

 1型糖尿病と2型糖尿病 1型は、自己免疫による攻撃など何らかの原因により、すい臓のベータ細胞が壊れてインスリンを分泌できなくなって発症する。幼少期から青年期にかけての発症頻度が高い。注射などによって体外からインスリンを補給し続けなければ生命を維持できず、インスリン療法が必須。

 糖尿病のほとんどを占める2型は中高年に多く、すい臓が機能していてもインスリンの量が少なかったりうまく働かなくなったりする。運動不足や食べ過ぎなどの生活習慣が主な原因とされる。

岡山大学病院新医療研究開発センター 四方賢一教授に聞く
2型治療 3薬に期待


 国内の糖尿病患者は予備群を入れて約2千万人と言われ、そのほとんどが2型糖尿病だ。治療の基本は食事療法と運動療法、薬物療法で、とりわけ薬物療法の進展が近年めざましい。岡山大学病院新医療研究開発センター教授の四方賢一氏に、現状を聞いた。

     ◇

 ―今、注目している薬剤は何でしょうか。

 SGLT2阻害薬とGLP―1受容体作動薬、ミトコンドリア機能改善薬の三つです。SGLT2阻害薬とGLP―1受容体作動薬は血糖値を下げるだけではなく腎臓や心臓を守る作用もあり、大きなトピックスになっています。

 2014年に登場したSGLT2阻害薬は尿細管での糖の再吸収を妨げ、積極的に尿中に糖を出すことで血糖を下げるという、それまでにない発想の飲み薬です。その一つ「ダパグリフロジン」は昨冬に心不全、今夏には慢性腎臓病の治療薬としても追加承認されました。

 糖尿病の合併症の一つに糖尿病性腎症があり、人工透析が必要となる原因の約4割を占めています。この薬をできるだけ早い時期に使えば、透析に移行する患者さんが減るのではないかと期待しています。

 ―すい臓のベータ細胞に作用してインスリン分泌を促すGLP―1受容体作動薬は10年に登場しました。

 食事をすると腸管からインクレチンというホルモンが出ますが、その一つがGLP―1です。血糖値の上昇を受けてベータ細胞がインスリンを出そうとするときに後押しをする働きがあります。ですのでGLP―1受容体作動薬は空腹時には働かず、血糖値が高くなったときだけ作用します。

 糖尿病患者さんにおいて、心血管病の発病を予防する効果も指摘されています。これまでは注射薬しかなかったのですが、昨年から経口薬が登場しました。今後、使用が広がるのではないかと思っています。

 ―ミトコンドリア機能改善薬はどういう薬ですか。

 製剤名は「イメグリミン」で、今夏に保険適用されたばかりです。ベータ細胞がインスリンを分泌する際にはエネルギーが必要です。そのエネルギーを作り出す細胞内のミトコンドリアの機能を改善してインスリンの分泌を促したり、筋肉などへのブドウ糖の取り込みを促進するなどして血糖値を下げると言われています。今までにないメカニズムの薬なので、これまでの治療薬で良くならなかった患者さんの症状改善につながる可能性があります。

岡山県糖尿病協発足60年

 糖尿病の患者と医療スタッフでつくる岡山県糖尿病協会(四方賢一会長、約850人)は1961年に発足。今年60周年を迎えた。

 同年に発足した日本糖尿病協会の岡山県支部でもある。糖尿病の予防や治療についての正しい知識の普及▽治療に取り組む患者や家族らへの療養支援▽医療スタッフの育成―などに取り組んでいる。

 具体的には、11月14日の「世界糖尿病デー」にちなんだ県民公開講座やブルーライトアップなどの関連行事、会員相互の親睦のためウオークラリーなども行っている。医療機関ごとに組織された29の分会(友の会)があり、それぞれ独自に活動している。

1型患者支え続ける 岡山小児糖尿病協WA!の会

 岡山県内には、1型糖尿病の患者会として、主に高校生までの子どもたちが集う「岡山小児糖尿病協会」(1977年発足、38人)と、その卒業生や成人発症の人たちによる「WA!の会」(2000年発足、約20人)がある。

 岡山小児糖尿病協会のメイン行事は3泊4日のサマーキャンプや教職員向けの研修会。キャンプには医師や看護師、学生ボランティアも多数参加する。子どもたちは親元を離れて血糖の自己管理を学び、同じ年代の子どもたちと病気を巡る悩みなども打ち明け合っている。多賀徹会長は「友達に支えられ、失敗しながらも自己管理を身に着けていく。それが重要だ」と話す。ただ、昨年と今年はコロナ禍で中止した。

 WA!の会は、2カ月に1回定例会を開催。各種インスリン製剤の効能に関することや最近の体調など、さまざまな情報を交換している。勉強会も開いていて、会員の一人は「心の支えであるとともに日頃の疑問や不安を解消するきっかけにもなり、みんなのよりどころになっている」と言う。

(2021年11月18日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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