慢性腎臓病の大規模DB構築 日本腎臓学会 多様な臨床事例を解析

川崎医科大学内にあるJ―CKD―DBの事務局

柏原直樹理事長

 日本腎臓学会(理事長・柏原直樹川崎医科大学副学長)は、国内の慢性腎臓病(CKD)患者に関する大規模なデータベース「J―CKD―DB」を構築した。国内の主要な医療施設と連携し、臨床現場から得られる大量の「リアルワールドデータ」を自動的に収集、解析することが可能になった。その成果の一つとして、川崎医科大学(倉敷市松島)などの研究グループは、注目を浴びている糖尿病治療薬SGLT2阻害薬による腎機能の保護作用について検証し、効果を裏付けた。同学会は「腎臓病領域におけるリアルワールドデータ活用のモデルケース」と話している。



 リアルワールドデータは電子カルテやレセプト(診療報酬明細書)、健診など日常の臨床現場から得られる医療のビッグデータ。あらかじめ目的を定めて実験的な手法でデータを得る臨床試験などと比べ信頼性や正確性は劣るが、データ数が多く広範囲に及び、患者の多様な背景を反映しているとされる。先進国ではリアルワールドデータを病気のメカニズム解明や新薬開発などに役立てようという動きが進んでいる。

 ■リアルワールドデータ

 日本腎臓学会によると、国内ではリアルワールドデータの活用実績はまだ少なく、ノウハウ蓄積の段階にあると言う。各医療機関で仕様が異なる電子カルテなどのデータを標準的な形式にして、多目的な利用を可能にする厚生労働省の「SS―MIX2」事業などが進められ、大量の臨床データを活用できる基盤は整ってきている。

 国内のCKD患者は推計1330万人で、成人の8人に1人とされる。日本腎臓学会はCKDに対する有効な治療戦略を確立するには、幅広く経年的にデータを集積して得られたエビデンス(科学的根拠)を診療ガイドラインに反映させ、普及を図ることが必要だと判断。2007年からデータベース事業に着手した。

 15年度以降は厚生労働省の「臨床効果データベース整備事業」などの採択を得て「J―CKD―DB」の構築を開始。現在、各地の大学病院など主要な医療機関21施設の協力を得て、18万人を超える患者の臨床データを格納している。

 ■ダパグリフロジン

 SGLT2阻害薬は、もともと糖尿病治療薬として数種類が国内で使用されている。腎機能の保護作用もあるとして複数の研究が示されていた。

 その一つ、アストラゼネカ社が製造するダパグリフロジン(製品名フォシーガ)は14年に糖尿病、20年に心不全の治療薬として保険適用となった後、21年には日本で初めてのCKD治療薬として承認を受けた。

 同社ホームページによると、CKDに対する臨床試験は日本を含む世界21カ国の患者約4300人に対して行われ、腎機能の大幅な悪化や腎不全による死亡などのリスクを約40%低下させた―などとしている。

 糖尿病性腎症が一定数を占めるCKDは、進行すると心疾患や脳卒中の発症リスクが高まり、重症化すると透析療法か腎移植以外に命をつなぐ方法はなくなる。それだけにSGLT2阻害薬の腎保護効果について臨床の医師たちは大きな関心を寄せていた。

 ■診療の現状反映

 川崎医科大学腎臓・高血圧内科学教室や横浜市立大学附属病院の研究グループによると、SGLT2阻害薬に関する従来の研究では、対象の患者はタンパク尿を有し、腎臓の保護作用がある降圧薬レニン・アンジオテンシン系阻害薬を併用していた。これに対し、臨床の医師からは「腎機能低下を来す糖尿病患者にはタンパク尿がない患者が一定数いる」「レニン・アンジオテンシン系阻害薬を併用しない場合はどうなるのか」―などの疑問が出ていたという。

 このため研究グループは「J―CKD―DB」を活用して14~18年の5年間のデータを参照し、SGLT2阻害薬を投与したグループと非投与群のデータを比較した。両グループとも約7割はタンパク尿がなく、約6割はレニン・アンジオテンシン系阻害薬を併用していないなど、国内の診療の現状を反映した形となった。

 データを分析したところ、タンパク尿が出ていない患者も、レニン・アンジオテンシン系阻害薬を服用していない患者に対しても、SGLT2阻害薬の有効性は認められた。成果は21年10月に発表された。

柏原直樹理事長 求められるパラダイムシフト

 今回の川崎医科大学と横浜市立大学の取り組みは、SGLT2阻害薬の腎保護効果を検証しただけでなく、日本の医療ビッグデータの利活用が新たな価値の創出につながる可能性を見いだしたと言えるでしょう。

 リアルワールドデータについては医療の実態評価や臨床研究などへの貢献が期待されています。

 われわれはJ―CKD―DBで得られた新たな知見を診療ガイドラインに反映させ、国内の臨床現場への普及を図ります。同時にJ―CKD―DBは現場の診療実態の検証が可能なので、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回すことができます。新たな知見が臨床でどの程度実践できているのか、その状況を確認して再び対策を立て、国内の腎臓病治療の質の向上、均霑化(きんてんか)を進めることができると考えています。

 さらに、腎臓病の進展のリスク因子を明らかにしたり、遺伝子情報との融合も図って慢性腎臓病における個別化医療を進め、これまでの対応型医療に代わる予測的あるいは先制的な医療を展開していく方針です。

 医療を供給する側でなく、受け取る側の患者目線でのサービスとなるような、治療から予防へのパラダイムシフトの実現が求められているからです。

 日本経済の国際競争力が弱体化する中、国が力を入れているのが医療産業の育成です。革新的な医薬品や医療機器の開発が急がれます。そのための研究の強力なリソースとして、J―CKD―DBが力を発揮してくれたらと思っています。

(2022年02月21日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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