最近の骨折治療の動向 ~特に下肢・骨盤骨折について~

 川崎医科大学総合医療センター(岡山市北区中山下)整形外科部長で同大運動器外傷・再建整形外科学の野田知之教授が「最近の骨折治療の動向 ~特に下肢・骨盤骨折について~」と題して、骨折治療や多職種連携医療の重要性について詳しく解説する。

インタビュー動画

 ―日本の骨折治療体制の問題点について

 外傷患者は多くの場合、運動器外傷を伴うため、その治療に整形外科医の関与は不可欠です。また骨折を含めた外傷手術は国内の全整形外科手術の半分以上を占めるとも言われています。そのように患者数も多くて大事な分野ですが、わが国では救命救急センターを中心に整備されてきた歴史(まず命を救おうというコンセプト)と、多くの大学の整形外科教室の興味が変性疾患に傾いたため、その治療と診療システムの構築は軽視される傾向にありました。しかしながら前職場の岡山大学整形外科は整形外傷教育に積極的に取り組む国立大学の教室として有名で、以前より学会のシンポジウムや整形外科関連誌などで取り上げられ、国内留学も受け入れるなどアクティブに活動してきました。私も当院赴任前は前グループリーダーとしてそういった活動に関与していました。現在も学術的な活動なども連携、協力しています。岡山県は全体的にレベルが高く、そういう面では不利益を被ることが少ないと言えるかもしれません。

 ―あるべき整形外傷、骨折治療のポイント

 外傷全体の治療として救命が大事なのは当然ですが、外傷後の機能障害の低減、撲滅が非常に重要です。これは日本整形外科学会でも運動器が健全であることの重要性、ロコモティブシンドロームの予防を訴え約20年活動してきていることにも通じます。健康寿命をいかに長くして平均寿命との差をなくそうという厚労省の施策も同様です。

 整形外傷のおいても命が助かっても重度の障害が残る、さらには高齢者では寝たきりになって肺炎になるなど、整形外科医や整形外傷医の関与があってうまく治療できれば、避けることができた障害をいかに減らすかということが重要と考えられるようになってきています。勤労者なら以前と同様に働くことができるように、高齢者なら以前と同様に歩ける、自身の身の回りのことができるように回復させることが社会的、さらには社会経済的にも今後ますます重要性を帯びてきます。

 ―大腿骨近位部骨折などよく起こる骨折治療の変化について

 また高齢化社会の急速な進行に伴い、要介護・要支援の原因となりうる骨粗しょう症をベースとした骨折(脆弱性骨折)の治療と予防も非常に重要な問題です。

 特に大腿骨近位部骨折は80歳以上の女性で急増しています。寝たきりの原因になり、現在年間20万例発生し、ピークはまだ先の2040年で30万例を超えると推計されます。これだけの数の大腿骨近位部骨折患者に対して、歩行状態や日常生活動作を何とか維持して元の生活に戻ってもらうか、それとも寝たきりとなって病院や施設に行き、ひいては入院治療など社会経済的負担が増大するか。これは大変大きな問題だということがお分かりになると思います。

 こういった骨折は、どこでも発生するため、骨折自体をうまく元通りに治す手術の技術を整形外科医全体に教育することも重要です。私も研修会やセミナーなど通じて治療法や手術法の標準化などに長く取り組んできました。ただこれだけでは不十分で、早期手術の有用性やリハビリテーション、その後の骨折予防など多職種による取り組みが注目されてきています。

 私も策定委員として関わった大腿骨頚部(けいぶ)/転子部骨折診療ガイドライン(2021年版)では、「早期手術は合併症が少なく生存率が高く入院期間が短いこと」がより強調され、さらには大腿骨近位部骨折ならびにその後の二次骨折予防に対する多職種連携治療が非常に有効であるということが明らかになってきました。骨粗しょう症の治療だけではなく、退院後の転倒予防やリハビリテーションの指導、服薬管理、栄養状態評価と介入、住環境の見直し、認知機能の評価など多岐にわたる分野の検討が必要です。整形外科医と内科や精神科の関連医師の介入はもちろん、看護師、薬剤師、リハビリテーション科、栄養士,ソーシャルワーカーなど多職種で連携を組んだチーム医療が必要です。

 当院でもさらなる早期手術の実現と多職種連携が喫緊の課題と考えており、連携チームを作って取り組んでいます。

 ―難しい骨折の専門家による治療

 冒頭でも述べたように、我々整形外科においても部位別・疾患別に専門化・細分化が加速度的に進んでいます。整形外傷、骨折の治療は若手の登竜門と考えられがちですが、この分野の近年の進歩は著しく、片手間ではとてもできない状態になりつつあります。特に専門家が治療すべき難しい骨折というのも存在し、私も骨盤・寛骨臼骨折、重症の関節内骨折、偽関節や骨髄炎といった難治性骨折なども専門として、長く携わってきました。

 例えば、発生頻度は少ないものの以前は手術されることなく移動能力の大幅な低下をきたしていた骨盤・寛骨臼骨折に対する手術治療(術者は人口200万人当たり1人必要と海外では言われています。大出血の可能性もあり大変難易度の高い手術です)についても、2000年頃より積極的に取り組んでいます。他病院への手術指導など含め年間30―40症例行い、総計では600例を超える症例数を経験しました。手術支援に招聘(しようへい)された病院も大学病院を含め東京から沖縄まで広範囲に渡ります。

 また最近では、軽微な外力で起こる脆弱性の骨盤骨折も増加し注目を集めてきています。大きな侵襲(大きな創切開や大量出血など)を加えることのできない高齢者が対象なのが治療上のジレンマで、当院ではこれにナビゲーションシステムを用いた低侵襲なスクリュー固定手術で対応して好成績を得ています。

 さらには高度の粉砕骨折や、重度の関節内骨折に対しても最新の知見を反映した手術法や固定インプラントを選択して治療しています。治療が困難を極めるとされる骨髄炎や偽関節など骨折後の後遺障害に対しても偽関節手術や骨髄炎手術の経験や選択肢を豊富に持っております。これら骨折でお困りの患者さんには難治性骨折外来も開設していますので、ぜひご相談くださればと思います。

 ―おわりに

 2021年4月から川崎医科大学総合医療センターに赴任しました。今まで取り組んできた一般的な骨折の早期手術、手術治療の標準化、多職種連携治療をさらに推進させることと、難易度の高い骨折の治療を安心して提供することが当面の目標になります。加えて近年ではがんによる病的骨折も増加しており、この治療も大腿骨近位部骨折治療と同様に早期手術が患者さんの日常生活動作や機能低下を最小限にすることが重要になってきていますので、これにも早期手術や多職種連携の概念を導入していきたいと思っています。そして大学病院としての教育、研究を通じた後進育成も重要課題です。機能障害を最小限にすることを目指した四肢や骨盤の骨折の専門治療を行っておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。




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(2022年07月14日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

医療人情報

  • 整形外科部長  野田 知之
    1992年、岡山大学医学部卒。同大学医学部整形外科教室に入局し、2000年、医学博士取得。フライブルグ大学に留学し、2006年より岡山大学病院整形外科に勤務。講師を経て、2016年から同大学大学院医歯薬学総合研究科運動器外傷学講座准教授、同講座教授を経て2021年4月、川崎医科大学運動器外傷・再建整形外科学主任教授および川崎医科大学総合医療センター整形外科部長。専門は整形外科外傷・骨折治療で、特に骨盤・寛骨臼骨折や下肢の複雑な関節内骨折、難治性偽関節などにおいて豊富な治療経験を持つ。

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