救命の連鎖切れ目なく 心筋梗塞の82歳男性救う

津山中央病院救命救急センターの第1処置室。救急搬送された重篤な患者を処置ベッドへ移動させている

 昨冬、真庭市で心筋梗塞のため心肺停止となり、約1時間かかって津山中央病院(津山市川崎)に救急搬送された80代の男性が、後遺症もなく退院し、元気に社会生活を続けている。現場での速やかな119番通報と救命処置、患者を搬送した救急隊、高度な集中治療を施した病院まで「救命の連鎖」が切れ目なくつながり、一つの命を救った。

 2021年11月23日午後4時9分、美作地区消防指令センター(津山市林田)に119番通報があった。

 「真庭市の飲食店で、男性が突然意識を失った」

 状況を聞き取った指令センターの職員は、すぐさま真庭市消防本部蒜山分署に出動を指示した。

■CPR開始

 男性(82)=岡山市=は、地域の歴史に関わる勉強会の最中だった。そばにいた人々が119番通報し、心肺蘇生(そせい)法(CPR)を開始。力を合わせ、心臓マッサージ(胸骨圧迫)や自動体外式除細動器(AED)によって正常な心拍の回復を試みた。

 4時17分、蒜山分署から山田五郎消防司令補、二若優人消防副士長、長綱修平消防副士長の救急隊員3人が到着した。男性は依然、意識はなく心肺停止の状態だが、救急救命士の二若さんらは意識を失った直後からCPRが続いていることから「救命のチャンスはある」と判断。県北唯一の救命救急センターがある津山中央病院に電話を入れ、受け入れを要請した。

 救急車内でも、専用の機器によって胸骨圧迫と除細動は続けられた。119番からおよそ1時間後の5時13分、高速道路を経由した救急車は病院に到着した。

■心拍の再開

 胸骨圧迫で心臓を動かす大きな理由は脳と心臓の血流を途切れさせないためだ。とりわけ脳細胞は血流が途絶えると数分で死んでしまう。ただ、胸骨圧迫だけでは十分な血流の維持は難しく、自己心拍再開までの時間が長引くと生存率や社会復帰率は低下する。

 津山中央病院救命救急センター長の前山博輝医師は「タイムリミットは心停止から20分」とする一方で、「救急搬送に時間がかかっても、CPRがうまくつながれば助かる人は確実にいる」と断言する。

 救急外来に運び込まれた男性は、アドレナリンの投与などで心拍は再開した。とは言えその機能は大きく低下している。まずは安定的な血流を確保するため、人工心肺装置ECMO(エクモ)とつないで血液の体外循環を始めた。

 当直をしていた山中俊明医師=循環器内科心臓弁膜症治療部門長=は、男性の状態について、「冠動脈が閉塞する急性心筋梗塞が起きた可能性が高い」と判断。緊急のカテーテル治療(冠動脈インターベンション)を行い、血管を拡張して血流を再開させた。

 脳を守るため、体外循環を利用して血液の温度を34度まで下げる低体温療法も実施した。

■戻った意識

 血液循環と呼吸の機能を肩代わりするエクモは、従来の治療では対応できない最重症の患者に対して使用する生命維持装置だ。特殊な機器であるだけに、運用に習熟した医師や看護師、臨床工学技士らによる専門的なチームが必要だ。

 例えば、エクモを使うと血栓ができやすくなるため、血液の凝固を防ぐ薬を使う。すると脳出血などのリスクが高くなる。「きめ細かな管理が必要だが、4台のエクモを随時稼働させ、県北一円の重症患者に対応している当院にとっては、普段の治療でもある」と前山医師は言う。

 男性の意識が戻ったのは入院9日目の12月1日、集中治療室(ICU)にいたときだった。この日、心拍出量(心臓から全身に送り出される血液の量)が復活してきたことからエクモを外し、リハビリも始まっている。

 一般病棟に移った8日には歩く練習もしていた。「最初は体がふにゃふにゃして大変だったが、リハビリの先生のおかげですぐに歩けるようになった」と男性。24日にはリハビリ目的で自宅に近い病院に転院し、1月には退院。今は元気に日々を送っている。

■全部つながる

 前山医師は今回のケースを振り返って「救命の連鎖」を強調する。現場の目撃者らによる一次救命から救急救命士らによる搬送中の処置、救急病院での集中治療をふまえ、「何十人という人が確実に、途切れることなく命のバトンを引き継いだ。一つ一つの積み重ねの結果だ」と言う。

 「バイスタンダー(現場に居合わせた人)の働きが大きい」と指摘するのは真庭市消防本部警防課の松田和也主幹だ。「倒れた直後から救急隊到着までの間、救命の空白をつくらないことが重要だ」と話す。

 男性は「倒れたときに救急に詳しい人がそばにいて、救急隊の人が頑張ってくれて、しかもスタッフや設備が整ったこの病院があった。そういうものが全部つながって今がある。助けてもらった皆さんにお礼を言わなければならない」と感謝している。

AED使用の救急搬送患者 1ヵ月後 生存率53.2%

 総務省消防庁の消防白書によると、2020年中に全国で心肺機能が停止して救急搬送された傷病者は12万5928人。そのうち心臓に原因があったのは7万9376人で6割強を占めた。

 心臓に原因があった傷病者のうち、心肺停止の状況を周囲の人に目撃され、応急手当てが行われたのは1万4974人で、1カ月後の生存率は15.2%、社会復帰率は10.2%。

 応急手当ての中で、AEDが使用されたのは1092人。心臓に原因があった傷病者の1.4%にすぎないが、1カ月後の生存率は53.2%、社会復帰率は43.9%となっている。

(2022年07月04日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

カテゴリー

関連病院

PAGE TOP