第4回「歯」 川崎医科大学歯科総合口腔医療学 向井隆雄教授

向井隆雄教授

 健康の基本は食にある。食は、歯が健全でなければうまく食べられない。1989年から始まった、80歳になっても20本以上自分の歯を保とうという「8020運動」の目標達成者は、2016年には5割を超えた。お年寄りの歯の状態は着実に改善しているようだが、やはり子どものころから口の中の状態に気を配り、歯の健康をずっと保ちたい。川崎学園特別講義の第4回のテーマは「歯」。川崎医科大学歯科総合口腔(こうくう)医療学の向井隆雄教授に話してもらった。

仕組みと働き

 歯は人体で最も硬い器官です。前歯は食物をかみ切るのに適した鋭い形で、奥にある臼歯(きゅうし)はしっかりすりつぶせるように臼(うす)のような形をしています。かみ砕く(咀嚼=そしゃく)、飲み込む(嚥下=えんげ)といった食べる働きだけでなく、話したり(構音)、表情を作るときにも役立っています。

 歯はあごの骨(顎骨=がっこつ)の歯槽(しそう)部に歯根膜を介して並んで立っています。左右対称で、親知らずを入れて上下で計32本です。頭の部分(歯冠)と根の部分(歯根)に分けられ、歯冠はエナメル質、象牙質と呼ばれる硬組織と、歯髄と呼ばれる軟組織から成ります。歯根はセメント質、象牙質と歯髄で構成されています。象牙質の中央を通る歯髄は神経や血管、細胞成分を含みます。象牙質には知覚があり、痛みを感じて脳に伝えます。

 エナメル質に知覚はありません。その硬さは水晶に匹敵すると言われます。歯医者さんでむし歯などを削る際に使う道具の先には水晶より硬いダイヤモンドが付いています。ダイヤモンドでなければ削れないくらい硬いのです。

 歯を支える組織を歯周組織といい、歯茎(歯肉)、歯根膜、セメント質、歯槽骨(顎骨の歯を支えている部分)で構成されています。口の中をのぞいたとき、歯の周りには歯肉しか見えませんが、実際に歯を支えているのは歯槽骨です。歯周病になると歯槽骨が溶けて歯が抜けてしまいます。

 歯と歯槽骨の間にある歯根膜にはクッションの役目があり、かむ力を支え、骨に伝わる刺激を和らげています。何かをかんだときに歯が沈んだりすることで歯応えを感じて、食物の硬さや軟らかさが分かるセンサーでもあるのです。入れ歯や、顎骨に人工歯根を埋め込むインプラントをすると繊細な歯応えは感じにくくなります。

発育

 歯はお母さんのおなかの中にいる胎生4~5カ月から作られ始め、生まれたときには出来上がっていて歯肉に隠れている状態です。生後6カ月ごろから乳歯が生え、永久歯の原型もでき始めています。3歳くらいになると全部の乳歯(20本)が生えそろいます。

 全身の骨の成長とともに顎骨も次第に大きくなります。その結果、乳歯期では歯と歯の間に隙間ができます。この隙間は、大きな永久歯に生え代わるときのスペースとなります。

 歯の大きさは鎌倉時代以降、食品の性状や栄養価の変化によって徐々に大きくなっています。顎骨も時代とともに少しずつ大きくなっています。ただ、現代は軟らかい食物が多くなり、強い咀嚼力があまり必要なくなったことで、頬骨から顎のえらの部分にかけて付いている咬筋(こうきん)(最も大きな咀嚼筋)の働きは弱くなっています。このため下顎角(いわゆる「えら」の部分)はあまり張り出さなくなり、横から見ると直線に近いラインになっています。

 この歯と顎骨のアンバランスにより、歯並びが乱れたり(叢生=そうせい)、かみ合わせが悪くなったりします。これを不正咬合(こうごう)といいます。咀嚼や嚥下に影響を及ぼす場合は矯正治療が必要になることもあります。

病気

 【むし歯】

 むし歯は正式には「齲蝕症(うしょくしょう)」といいます。きっかけは歯に付着した食べカスの中の甘い糖質です。ミュータンス菌に代表されるむし歯原菌が、糖質を取り込んで歯垢(しこう)(デンタルプラーク)となって酸をつくり、歯の表面のエナメル質を溶かします(脱灰)。水晶と同じくらいの硬さをもつエナメル質が溶けるのですから、菌が出す酸の強さが分かります。

 唾液には、この脱灰に対抗する働きがあります。唾液の中和作用により酸性に傾いた口腔内は中性に戻され、溶けたエナメル質は修復されます(再石灰化)。この脱灰と再石灰化のバランスが大切で、脱灰が優位に立つとむし歯が進んでしまいます。ですから、このバランスを崩さないよう歯を磨く際、しっかりブラッシングをして食べかすを取り除くことが重要です。ブラッシングには歯肉の血行をよくするマッサージ効果もあります。

 脱灰のしやすさは歯の質によって異なります。栄養バランスのよい食事で良質なタンパク質、カルシウムやリン、ビタミンをしっかりとり、また歯科医院でのフッ素塗布やフッ素入り歯みがき粉を使用するなどして、歯の耐酸性を向上させることが重要です。

 【歯周病】

 歯周病は歯周病原菌の感染によって起きる炎症性疾患です。歯周組織に炎症を生じ、歯肉が赤く腫れたり出血したり膿(うみ)が出たりします。進行すると歯槽骨が溶けて歯はぐらぐらして、最後には抜けてしまいます。

 歯周病は歯を失う原因の第1位と言われています。厚生労働省の実態調査では80%以上の人が何らかの歯周病に罹患(りかん)していると報告され、2001年には「全世界で最も患者が多い感染症」としてギネスブックにも掲載されました。

 歯周病を起こす口腔常在菌は700種類以上あります。歯周病菌は歯と歯肉の境目に歯垢をつくり、バイオフィルム(ぬめり)を形成します。歯垢1ミリグラムの中に10億個の細菌がいるとされ、細菌が出す酸などにより歯肉は炎症を起こし、歯槽骨は破壊されていきます。バイオフィルムのせいで抗生物質も効果を発揮できず、取り除くにはブラッシングや口腔清掃しか方法がありません。

 歯石は歯垢が石灰化した、言わば細菌の死がいです。歯石そのものは悪さはしませんが、歯石を足場にして歯垢が歯にとりつくので、歯石を取って歯に汚れが付着しないようにしなければなりません。

 また、歯周病と糖尿病、肥満、循環器疾患、関節リウマチ、早産、認知症などの全身疾患との関連が多く報告されています。例えば糖尿病の患者さんは歯周病になりやすく、歯周病になると血糖値が上がるとも言われています。死因の第6位である誤嚥性肺炎でも歯周病菌が大きく関連しています。

 【かみ合わせの問題】

 歯並びが悪いと効率よく食物を咀嚼できず、消化不良や栄養摂取不良になります。また、むし歯や歯周病により歯が抜けてしまうと、咀嚼や嚥下に悪影響を及ぼすだけでなく、認知症や脳血管障害になるリスクが上がり、サルコペニアやフレイルに陥りやすいと報告されています。

 このような歯の喪失と関連する全身状態の悪化を予防するためには、歯周病や口腔内のトラブルを早期発見し早期治療を行うことが重要です。とりわけ幼少期からお口の健康を維持・向上させる意識を持ち、習慣づけを図ることが何よりも重要です。

(2022年09月19日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

タグ

関連病院

PAGE TOP