手術に欠かせない麻酔とは 川崎医科大学麻酔・集中治療医学1 中塚秀輝教授インタビュー

中塚秀輝教授

川崎医科大学付属病院の手術室の様子。麻酔科医は、心電図や血圧、血液中の酸素濃度などさまざまなモニターを監視し、患者の命を守っている(川崎医科大学提供)

 手術に麻酔は欠かせない。手術室では、外科医が傷病を治療するためメスを振るう一方で、麻酔科医は手術による強い侵襲から患者を守っている。患者の命を預かっているのが麻酔科医とも言える。では実際にはどのように行われているのか、川崎医科大学麻酔・集中治療医学1の中塚秀輝教授に話を聞いた。

 ―麻酔とはどういうものでしょうか。

 全身麻酔や局所麻酔もあり、一言で言うのは難しいのですが、「手術によってもたらされる侵襲やストレスから患者さんを守る医療行為」だと言えます。

 治療のためとはいえ、手術は体を傷付ける侵襲行為です。麻酔によって痛みを自覚できなくても、体は強いストレスを受け、脈拍や血圧が上がったり反射的に体が動いたりと、さまざまな反応を起こします。全身麻酔の場合は、意識がなく(鎮静)、痛みを感じず(鎮痛)、動かない(不動化・筋弛緩(きんしかん))、そういう状態に患者さんを導き、安定した状態で手術を受けられるようにするのです。

 とは言え麻酔自体も体にとっては大きな負担です。薬剤の影響で血圧は下がって脳や肝臓、腎臓などの機能は低下しますし、筋弛緩薬によって呼吸は止まります。このため人工呼吸器による呼吸の維持と、薬剤や輸液の補給などによる血圧のコントロールは不可欠です。さまざまなモニターを使って呼吸管理と血液の循環管理、痛みの管理を厳密に行い、身体の生理的な恒常性を維持して患者さんの命を守っています。

 ―近年は手術の前からチームを組んで患者の状態を管理していますね。

 多職種による周術期管理チームは、患者さんのリスクを術前から把握し、より良い状態で手術に臨んでいただきます。術後の早期回復も支援します。

 手術が決まった患者さんには周術期外来を受診してもらい、既往歴や今の病気の状態、心臓や血管、呼吸器の異常、糖尿病などの合併症もチェックします。服用中の薬は種類によって手術の前に中断しなければなりませんので薬剤師さんに調べてもらいます。栄養士さんは栄養状態をチェックして、体力を落とさないように栄養管理に気を配ります。口腔外科の先生には歯周病など歯の状態を診てもらいます。喫煙は大きな問題です。肺炎など合併症のリスクが高まるので手術の4週間前にはやめていただきます。

 こうした情報をもとに患者さんの状態を整え、一人一人に合った治療計画を立案します。手術や麻酔の侵襲に耐えられないと判断した場合は、体の状態が良くなるまで手術を延期することもあります。

 ―手術中はどのような作業をしていますか。

 手術室に入ると、患者さんにはさまざまなモニター機器を付けてもらいます。体温計や血圧計、心電図、血液中の酸素濃度を示すパルスオキシメーターのほか、適切に呼吸できているかを解析するガスモニターもあります。

 全身麻酔時に体の機能は低下しますが、下がりすぎると患者さんはショック状態となります。麻酔が浅すぎて覚醒しても手術はできませんので、患者さんの体力を考えながら適切な状態を維持できるよう薬剤などをコントロールしています。

 30年ほど前は心臓や肺が悪かったり重い糖尿病、腎不全の患者さんはリスクが大きいため手術ができない場合がありました。近年は、さまざまな合併症を持った患者さんでも手術が受けられるようになりました。その分、麻酔科医に求められる知識と技術は高度化、複雑化しています。

 ―術後の注意点は。

 術後は痛みのケアが第一です。痛みがあるとリハビリができませんし、交感神経が緊張状態になるので脈拍や血圧、血糖値も上がります。傷の治り具合にも影響します。

 手術によっては痛みが慢性化する場合があります。乳腺の手術とか、開胸手術、幻肢痛が生じる手足の切断などですね。神経が障害されるような手術では痛みが残り、退院後もペインクリニック外来に来られたりします。今後は術後の疼痛(とうつう)管理をもう少し長いスパンで、1カ月あるいは半年後はどうか、というところまで広げて考えなければならないと思っています。

 ―高齢化が進み手術件数が増える一方で、麻酔科医の人手不足が言われています。今後の課題は。

 川崎医科大学は本年度実施の入学試験から「麻酔・集中治療科」「救急科」「総合診療科」の医師を目指す選抜枠を設けました。高齢化が進む中、救急医療や麻酔科医のニーズは高まっています。この3診療科の重要性は今以上に大きくなります。こうしたところで活躍できる医師、看護師たちを育てていかなければいけません。

 人口減少や医療現場の働き方改革もあり、現在と同様の医療がどこでも受けられる体制を維持するのは大変です。国レベルでの施策展開が求められます。

 麻酔 全身麻酔と局所麻酔がある。全身麻酔は意識の消失(鎮静)、痛みの消失(鎮痛)、不動化(筋弛緩)の三つの要素が満たされた状態。意識が保たれる局所麻酔には脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔、神経ブロック、局所浸潤麻酔などがある。

 麻酔科医は、手術室での麻酔管理が主な仕事だが、救急医療や集中医療、がんなどの痛みを抑えるペインクリニックや緩和医療、無痛分娩(ぶんべん)などの領域にも活動は広がっている。2020年の医師・歯科医師・薬剤師統計によると、医療施設に従事する麻酔科医は約1万人で、医師全体の約3%。

 医師は診療科を自由に標榜できるが、「麻酔科」は厚生労働省の資格認定があって初めて医療機関の看板などに記せる。

 なかつか・ひでき 岡山操山高校、岡山大学医学部卒業。岡山大学医学部附属病院、香川県立中央病院、アルバートアインシュタイン大学・モンテフィオーレメディカルセンター麻酔科客員研究員、岡山大学病院准教授などを経て2009年から川崎医科大学教授。日本専門医機構認定麻酔科専門医、日本ペインクリニック学会専門医など。

(2022年10月04日 更新)

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