子どものいびきは危険信号 川崎医科大学付属病院耳鼻咽喉・頭頸部外科 原浩貴部長インタビュー

原浩貴部長

 川崎医科大学付属病院(倉敷市松島)耳鼻咽喉・頭頸部外科の原浩貴部長は、未就学児を対象に「睡眠時無呼吸症(OSA)」の新しい治療に取り組んでいる。習慣的ないびきが特徴のOSAは、身体の成長に悪影響を与え、学習・行動障害などを引き起こす可能性があるという。従来の治療は扁桃腺(へんとうせん)摘出後の出血や、強い痛みで食事がとれないなどの問題があった。新手法はそうしたリスクをほぼ解消する。早い段階での治療を呼びかける原部長に、OSAが心身に与える影響や新たな治療法の効果などについて聞いた。

 ―「子どものいびきは危険信号」と訴えられています。どうして問題なのでしょうか。

 本来、子どもはいびきをかかないものです。遊び疲れて、寝入りばなだけなら心配ありませんが、毎晩のようにかくいびきは危険信号です。十分に息が吸えずに酸素が不足するため、心身の発達に重要な睡眠が妨げられ、さまざまな影響が生じます。

 成長ホルモンの分泌が悪くなって身長が伸びないなど発育が進まなくなりますし、鼻でしっかり呼吸ができないためあごが広がらず歯並びが悪くなります。睡眠の質が低下するため寝起きが悪く、多動や攻撃性が高まる異常行動、極度の引っ込み思案が見られることがあります。夜尿(おねしょ)への関与も知られています。幼児期のいびきは中学生時の学業成績に関連するという研究報告もあり、習慣的ないびきは小児でも積極的な治療が必要です。子どもの1~4%にOSAがあるとされています。

 ―原因は何でしょうか。

 主な原因は、喉の奥にある免疫組織のアデノイドや口蓋(こうがい)扁桃(扁桃腺)が大きくなって上気道(鼻から喉まで)をふさぐからです。近年増えているアレルギー性鼻炎や肥満、あごが小さいことも原因となります。

 ―どのような症状が現れるのでしょう。

 習慣的ないびきは重要なサインです。子どもの胸郭は柔軟なため、睡眠中に呼吸とともに胸がへこんでしまうことがあります。これも無理な呼吸をしている証拠です。あおむけに寝ると苦しいため、首を後ろにそらしたり、座って寝たりもします。冬でもひどい寝汗をかいていれば、明らかな無呼吸がなくても重度のOSAである可能性を考える必要があります。

 ―起きているときの症状はありますか。

 鼻で呼吸ができず、いつも口を開けているので、口元にしまりのない顔つきになります。アデノイド顔貌といい、OSAをうたがう所見になります。先ほど言いました多動や攻撃性といった異常行動などのほか、扁桃腺が大きいと食事に時間がかかり、肉やお刺身などを飲み込めず、はき出したりすることもあります。

 ―治療法はどのようなものでしょう。

 アデノイドと扁桃腺の肥大が原因であれば、手術で取り除くことで80%以上の子どもが治ります。われわれの研究では、とりわけ低身長の小児に対しては3~6歳までに手術を行った場合、身長の伸びの増加がみられました。

 扁桃組織は免疫に関係しているため以前は4歳までは摘出しない方が良いという意見がありました。今では、摘出しても免疫力の低下は起こさないことが証明されています。

 当院では、いきなり手術をするのではなく、まずは点鼻薬やアレルギーの内服薬で扁桃組織が小さくなるのを期待して1カ月程度の保存的治療を行います。それでも変化が無い場合に、手術を行います。

 ―どのような手術ですか。

 従来の口蓋扁桃摘出術とアデノイド切除術は、メスなどを用いて組織を全部剥がして摘出します。特に扁桃腺の傷跡は喉の筋肉がむき出しになって強い痛みが生じます。そのうえ創部からの出血リスクが2~4%程度あるとされています。私も20代後半で手術を受けましたが、やはり術後10日程度は痛みで十分に食事がとれませんでした。

 そこで、われわれは2021年1月から「PITA」という新しい扁桃組織の切除法を始めました。

 扁桃腺はアーモンドと同様に外側に膜をもっていますが、特殊な高周波メスを使って内側にある実質の部分を取り除けば、全部摘出するよりも手術時間は短く、安全で痛みや出血リスクは小さくなります。出血は500~1千例で1例と報告されており、当科で行った33例(3~6歳、11月末現在)では1例もありません。回復も早いのがメリットです。

 ―費用面はどうなっていますか。

 当院でPITAを実施する場合、患者さんの負担は従来の治療法と同じです。使用する高周波メスのコストは保険償還の対象にならないので病院が負担しています。欧州では、扁桃組織の切除はほぼこの治療法に置き換わっているのが実情ですが、国内で実施しているのは川崎医科大学を含めて4大学のみとなっています。学会の主導で、保険適用に向けて準備を進めているところです。

 現在、睡眠に問題を抱えている子どもは少なくないと思います。少子超高齢社会の中、子どもの睡眠を守り、心身の健やかな発達を促すことが何より大切だと考えて取り組んでいます。

 はら・ひろたか 山口大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科修了(医学博士取得)。米国チュレーン大学病理学研究室留学、山口大学医学部附属病院耳鼻咽喉科講師、同准教授を経て2017年4月から川崎医科大学耳鼻咽喉科学主任教授。21年4月から同大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学主任教授。専門領域はいびき、睡眠時無呼吸症・睡眠障害、音声障害・音声外科、嚥下障害。

(2022年12月05日 更新)

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