神経性やせ症 小児心身医療科 岡田あゆみ科長

岡田あゆみ科長

 摂食障害の一つ「神経性やせ症」の子どもが増えている。自ら食事を制限し、低栄養から飢餓状態に陥って主要臓器の障害などを引き起こしかねない心の病気とされる。背景には、新型コロナウイルス禍による生活環境の変化やストレス、対人関係や生活上の不安などがあるとみられている。早期治療が必要だが、国内で専門の施設は限られる。欧米で実績を上げている治療法「FBT(Family Based Treatment)」に2020年から取り組んでいる岡山大学病院小児心身医療科の岡田あゆみ科長に話を聞いた。

 ―岡山大学病院の状況はいかがですか。

 コロナ禍以降、神経性やせ症の患者さんが全国的に増えていて、当院でも受診が増えています。

 神経性やせ症は命に関わる病気です。早期に低栄養の状態から回復させる必要があり、家庭や学校で兆候に気付くことがとても重要です。ただ、本人は病気だとは思っていません。脳が影響を受け、自分の体形や体重について「認知のゆがみ」が生じているからです。鏡で自分の姿を見ても痩せているとは思わず「もっと体重を減らさなきゃ」とさらに食事を制限します。

 ―なぜそうなるのでしょう。

 スポーツやダンスなどをしていると、減量が必要だったり体重を減らした方が有利なものがあります。モデルのようにスタイルが良くなりたいとか、コロナ太りを心配したダイエットもきっかけの一つです。背景にはさまざまなストレスや悩み、生きづらさがあり、そこから目をそらしたいという心理もうかがえます。

 神経性やせ症を発症する子どもさんは、真面目で頑張り屋さんが多い印象があります。初めは「健康」を意識し、目標を持って体重を減らそうとするケースが少なくありません。通常は目標が達成されたり、つらくなったりすると途中でやめますが、神経性やせ症では、いつの間にか認知のゆがみが生じ、太ることに大きな恐怖を感じます。それで歯止めが効かなくなってしまうのです。

 「病院に行こう」と言っても、「私は病気じゃない」と強く否定します。子どもが受診に抵抗して初診が遅れることがあります。

 ―けれど、時間がたてば、それだけ衰弱はひどくなります。

 だからこそ、早い段階で治療を受けていただきたいのです。うまく治療に結びついた患者さんの7割は、普通の生活に戻れたという研究報告もあります。

 ―FBTについて教えてください。

 FBTは海外では第1選択の治療法の一つです。特徴は、治療の主体が医師ではなくお父さん、お母さんだということです。この病気で子どもを健康な状態に導ける存在は保護者しかいません。われわれ小児科医や公認心理師、栄養士らが全力でサポートします。

 次に、病気の原因探しをしない「不可知論」を採ることです。FBTが重視するのは、まずは栄養状態の悪化によって命の危険にさらされている子どもを一刻も早く救い出すことです。

 もう一つ、病気と子どもを切り離して考えます。子どもの認知がゆがんでいたり病気を否認したり、治療の過程で激しく抵抗したりするのは「心が病気に支配されている」からです。病気の力は強く、本人の力だけでは回復はできません。

 ―治療の手順は。

 治療は3段階あり、第1段階は保護者の主導による低栄養からの回復です。食べることへの抵抗感が薄れたら第2段階に入ります。子どもに食事の内容を選んでもらうなど、主導権を少しずつ渡していきます。体重が正常範囲に戻った第3段階では、対人関係の悩みやアイデンティティーの確立といった思春期の発達課題が出現してきます。

 第1段階は、親御さんが1日3千キロカロリー分の食事と間食を用意し、1週間で0・5~1キロの体重増加を目指します。子どもは抵抗しますが、無理に食べさせることはしません。子どもが食事をするのを辛抱強く見守るのです。困難は伴いますが、お父さん、お母さんの「病気からこの子を救い出す」という強い思いによって、病気がもたらすネガティブな考えと対峙(たいじ)できるようになると、子どもは自ら食べられるようになります。うまく行けば1カ月で2~4キロ増え、数カ月で元の体重に戻ります。

 この治療法は発症年齢が19歳未満で、かつ罹患(りかん)して3年未満の患者さんに適していて、治療期間はおおむね1~3年間です。

 ―治療の段階をおって、子どもの精神状態も変わっていくのですね。

 第2段階以降、それまでとは少し違った親子関係が築かれ、第3段階ではこれまで話せなかったような会話も生まれます。治療の数年後、当時を振り返って「あのとき、子どものことがすごく理解できた」と言う親御さんや、「やっと本当の心を打ち明けていいんだと思えるようになった」と話す子どもさんがいます。とても大変だったけれど意味のある時期だったと、思ってもらえるような治療ができればと思っています。

 おかだ・あゆみ 岡山大学医学部卒業。国立福山病院(現在は福山医療センター)、岡山大学病院、こども心身医療研究所での研修を経て1999年より岡山大学病院小児科心身症外来担当。2014年に岡山大学大学院医歯薬学総合研究科小児医科学(岡山大学学術研究院医歯薬学域)准教授、19年に岡山大学病院小児医療センター小児心身医療科科長兼任。医学博士。

 神経性やせ症 深刻な身体問題を伴う心の病気。有病率は思春期の女子で0.5~1%、数は少ないが男子でも見られる。痩せ願望と太ることへの強い恐怖がある。食事を極端に制限したり過剰に食べた後に吐き出したり、カロリー消費のため激しく活動したりして、ひどく痩せて低栄養状態に陥る。本人に痩せている自覚はなく異常を認めない。病気が進行すると脳や心臓、腎臓、肝臓など主要臓器に障害が出て生命の危険が生じる。

 厚生労働省研究班の調査では、2014年から1年間、病院で治療を受けた患者は約1万2600人。症状のある多くの人々が未受診という。

 日本摂食障害学会の調査では小、中、高校生の新規患者が20、21年は急増し、新型コロナウイルス禍前の19年と比べ21年は1.5~2倍となっている。

(2023年01月16日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

関連病院

PAGE TOP