アルコール依存症苦しむ人の希望に 岡山県精神科医療センター・橋本医師ら手記翻訳

橋本望医師

「最後の一杯」の表紙

 岡山県精神科医療センター(岡山市北区鹿田町)で依存症外来を担当する橋本望医師と母の信子さん(元川崎医療福祉大学教授)は、アルコール依存症となった医師が、新たな薬物療法で依存症を克服するまでの道のりをつづった「最後の一杯」(青土社)を翻訳、出版した。橋本医師は「欧米で大きな反響を呼んだ一冊。依存症の人の苦悩と治療の実際が詳細に語られ、啓発書としての意義も大きい」と話している。

 著者は米国ニューヨークで開業していた循環器内科医のオリビエ・アメイセン氏。強い不安に悩まされ、パニック発作を抑えるための“精神安定剤”として酒を飲み始めた。40歳を過ぎて酒量は増え、酔ってけがをして救急搬送されたり、急性の離脱症状が現れたりして入退院を繰り返した。

 アメイセン氏はさまざまな治療を試みた。精神科を受診し、回復施設に入り、アルコール問題解決のための自助グループ「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」にも通った。既存の薬物療法も試したが効果はなく、飲酒への欲求はやまなかった。

 アメイセン氏は「依存症には道徳的不名誉の問題が付きまとう」と社会の偏見や、それに伴う疎外感、孤独感にも触れている。そして「信頼できる治療法がないことが、依存症に道徳的解釈がなされやすい理由である」と指摘した。

 治療に絶望しかけていたある日、アメイセン氏は新聞記事で「バクロフェン」という薬剤の効果を知った。通常、筋肉の緊張を和らげる筋弛緩剤として投与されるが、記事にはコカインやアルコールへの欲求を減少させる効果があると書かれていた。

 神経や筋肉の緊張に伴う不安が飲酒の原因だと考えていたアメイセン氏は、自身を実験台にバクロフェンの投薬試験を行った。すると心身はリラックスし、飲酒欲求は徐々になくなった。この体験に基づき、バクロフェンは依存症に苦しむ多くの人々の「命を救い、生活を改善できる」として同書を執筆したという。

 2009年、同書はアメイセン氏の母国フランスと米国で出版された。フランスは18年、バクロフェンをアルコール依存症の治療薬として承認した。

 アルコール依存症は「完治」はできないが、通常の生活が送れる状態に「回復」できるとされる。それには酒を全く飲まない断酒の継続が前提となる。しかし、依存症者にとって飲酒欲求を抑えるのは容易ではない。多くの人がさまざまな理由で断酒を中断し、再び酒を飲んでしまう。

 アメイセン氏も回復まで断酒と多量飲酒を繰り返したが、「アルコール依存症は基本的には生物学的な病気」つまり脳の病気であり、飲酒欲求を抑制できる薬剤などによる治療法があると信じて模索を続けた。

 橋本医師は「アメイセン医師の奮闘とバクロフェンという新たな治療の選択肢は、アルコール依存症に苦しむ人たちにとって希望を与えてくれることは間違いない」と述べる。

 その一方で、バクロフェンは「研究によって効果にばらつきがあり、誰にでも効く魔法の薬ではない」と言う。既存の薬物療法についても「高い有効性が得られていないのは事実」とする。その理由は「遺伝的な体質など、どのようなタイプの患者にどの薬が有効であるかが分かっていないため」だと説明。多様な疾患であるアルコール依存症のメカニズム解明と個別化治療に向け、「さらなる研究と社会の関心の高まりが必要だ」と話している。

(2023年02月06日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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