(6)安全・確実な脳外科手術を目指して~経験と科学技術との融合~ 国立病院機構岡山医療センター脳神経外科医長 吉田秀行

吉田秀行氏

 「脳の手術を受けたら、生きて帰れないんでしょ?」

 約30年前、私がまだ駆け出しの脳外科医だった時に、ご高齢の患者さんにそう言われたことがあります。さすがにそれは極端だと感じましたが、その世代の方々には『脳の手術は危険性が高い』という認識が少なからずあったのだと思います。

 時代は変わり、医療者の安全意識も、それを支える科学技術も、飛躍的に進歩しています。私たちは、脳外科医としての経験を積み腕を磨きつつ、それを支援する科学技術と融合させることで、できるだけ安全性・確実性の高い脳外科手術を目指しています。今回は、手術に応用されている科学技術の一部をご紹介します。

 ■手術ナビゲーションシステム

 目的地を入力すれば正確に目標地点に到着できるカーナビゲーションは、ほとんどの方がご存じだと思います。脳外科手術でも、カーナビと同じようなシステムが用いられます。

 例えば、脳の奥のほうにある病変は、脳の外側からは見えません。それを手術で摘出するのは、砂場の中に隠してあるボールを、砂を掘る範囲を最小限にして正確に取り出すようなものです。30年前であれば、経験と勘を頼りに脳に進入し目的の病変を目指しましたが、時には迷子になることもありました。

 これに対し、手術ナビゲーション=写真1=を用いれば、病変が目に見えなくてもまっすぐ正確に到達することができますし、病変の近くに重要な神経があれば、できるだけ傷つけないように避ける方法を検討することも可能です。ナビの導入により、手術の安全性や確実性は以前よりかなり向上しています。

 ■術中蛍光診断

 脳の中にしみこむように発育する悪性腫瘍の場合、見た目では腫瘍なのか脳なのか分かりにくく、どこまで摘出すればよいか判断が難しい場合があります。摘出しすぎると脳の機能障害を起こしやすくなりますし、摘出が不足すれば手術の有効性が低下します。

 こういった場合も経験をもとに判断するわけですが、最近、腫瘍だけを赤く光らせて腫瘍と脳との境界を明瞭にする術中蛍光診断という方法が開発されました=写真2。これにより、過不足ない腫瘍摘出を目指せるようになりました。

 この技術は、腫瘍の種類によっては使用できない場合もあるのですが、ナビゲーションとの併用でさらに安全で効果の高い手術を提供できるようになっています。

 ■最善の治療を目指して

 脳の手術においては、治療効果を最大にすると安全性を損ねてしまう場合が少なからずあります。当院では、上記のような科学技術をできるだけ活用して、治療効果と安全性のベストなバランスを探る努力をしています。

 今回は科学技術を活用した手術についてご紹介しましたが、手術に限らず、私たちは地域の皆さんの立場に立って、最善の治療を提供するにはどうすればよいかを常に考えながら診療にあたっています。

     ◇

 国立病院機構岡山医療センター(086―294―9911)。連載は今回で終わりです。

 よしだ・ひでゆき 愛媛県・愛光高校、岡山大学医学部卒。カナダ・カルガリー大学留学後、岡山済生会総合病院や津山中央病院などを経て2019年より現職。日本脳神経外科学会専門医、日本脳卒中学会専門医・指導医、博士(医学)、岡山大学医学部臨床准教授。

(2023年02月20日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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