上部早期胃がんでの観音開き法再建 消化管外科・低侵襲治療センター 黒田新士講師

黒田新士講師

手術支援ロボットによる手術風景(岡山大学病院提供)

藤原俊義センター長

 胃がんは、日本人がかかるがんの中では大腸がん、肺がんに続いて3番目に多い。近年は、胃の入り口である噴門近くのがんが増加傾向にあるという。手術でがんを切除した後、食べ物の通り道を作り直す再建法は、いまだ標準的な方法が確立されていない。胃から食道への逆流がたびたび起きるからだ。岡山大学病院で生まれた「観音開き法再建」はその問題点を克服するとして今、全国的に注目されている。消化管外科・低侵襲治療センターの黒田新士講師に話を聞いた。

 ―胃がんの手術について教えてください。

 大きく分けて三つのアプローチがあります。開腹手術と、患者さんの負担が少ない低侵襲な腹腔鏡(ふくくうきょう)手術、そしてロボット手術です。低侵襲治療は全国的な趨勢(すうせい)で、当院は2012年に「低侵襲治療センター」を開設しました。

 腹腔鏡手術とロボット手術の割合は全国的には約6割ですが、当院はほぼ100%です。何より傷が小さく、臓器が空気にさらされないのでダメージは最小限に抑えられ、患者さんの回復が早いのです。

 ―最近は、噴門近くの上部の胃がんが増えているそうですね。

 欧米で多く見られ、日本でも食生活の欧米化や肥満傾向もあって比較的増えてきています。

 早期がんの場合は、噴門を含めた上部の3分の1から2分の1を取る噴門側胃切除術=図1=を行います。ただ、手術後に胃酸などが逆流して食道に炎症が生じる逆流性食道炎がしばしば起き、患者さんのQOL(生活の質)低下が問題でした。

 噴門には逆流防止機能があります。括約筋や横隔膜によって自動的に締まるようになっていますし、噴門は胃の片側に寄っているので逆流しにくいような構造になっているのです。

 再建法として、食道と残った胃をつなぐ従来の食道残胃吻合(ふんごう)=図2=を施すと、4割くらいの患者さんで逆流性食道炎が起き、術後、長期にわたって不快な胸焼けや痛みに苦しめられます。このため小腸を利用するなど、さまざまな再建法が考案されていますが、標準的な方法は定まっていません。

 ―観音開き法再建はどのような方法なのですか。

 観音開き法再建=図3=は、われわれの先輩である上川康明先生(元岡山大学医学部第一外科助教授、現在は松田病院顧問)が考案され、1997年に1例目を執刀し、98年と2001年に発表しました。

 本来、食道と胃をつなぐのが自然です。上川先生は逆流性食道炎の問題を解消するため、食道と胃の接合部(吻合部)に逆流防止弁の機能を持たせました=図4。胃の内部に吻合部が突き出るように工夫し、飲食物で胃の中の圧力が高まると吻合部は自然に閉じて逆流を防ぐのです。

 いくつかある再建法の中で、観音開き法再建は逆流防止の観点からすると一番理にかなっている画期的な方法です。2010年くらいから全国的に認知され、各地の病院で取り組まれるようになりました。近年では、韓国や中国などの東アジアにも普及しています。

 ―観音開き法再建にデメリットはあるのですか。

 技術的な難しさです。漿膜(しょうまく)筋層を剥いでフラップを作製し、その下に食道を埋没させるなど、とても複雑です。吻合部の狭窄(きょうさく)が起きないよう縫合の繊細さも求められます。

 従来、観音開き法再建は開腹手術の手縫いで行われていましたが、今は低侵襲手術が主流です。腹腔鏡手術では鉗子(かんし)などの動きが制限されるので、自動吻合器を使うことが多いのですが、観音開き法再建は手縫いでしなければならず難易度は上がります。このため躊躇(ちゅうちょ)する施設もありました。

 しかし、ロボット手術になると話は違います。人間の手以上に関節が自由に動くので、精密で確実な手技が実現できるからです。観音開き法再建のハードルは大きく下がり、試みる施設は増えています。

 観音開き法再建は、岡山大学関連の18施設で2015年までの20年間にわたって約550例が実施され、中等度以上の逆流性食道炎を認めた症例は6%にとどまっていました。近年はほとんどありません。今後、ロボット手術の普及とともに、岡山大学発の観音開き法再建を採用する病院がますます増えて、国内標準になっていってほしいと思います。

安全性確保へ指導的役割
岡山大学病院低侵襲治療センター 藤原俊義センター長(消化器外科学教授)


 岡山大学病院の低侵襲治療センターは、腹腔鏡や胸腔鏡を使った内視鏡外科手術を実践するとともに、その普及と人材の育成を目的に2012年4月、開設されました。内視鏡外科手術は開腹手術に比べ傷が小さく早期に社会復帰できるメリットはありますが、高度な技術が求められます。

 センターは、初級者や中級者、日本内視鏡外科学会の技術認定医を目指す上級者向けにセミナーを毎年開き、県内外の関連病院などでの導入も支援してきました。センター開設から10年を経て、後進の指導にも当たる技術認定医の数は県内で着実に増えています。

 近年は、手術支援ロボットの導入が進んでいます。さらにロボットを活用した遠隔手術も各地で展開される時代が間もなく来るでしょう。その際も安全性が十分確保されるよう、センターは指導的な役割を担っていきたいと思います。

 くろだ・しんじ 岡山大学医学部卒業、同大学大学院医歯薬学総合研究科修了。岡山大学付属病院、広島市立広島市民病院、岩国医療センター、米国MDアンダーソンがんセンターなどを経て2022年から岡山大学病院低侵襲治療センター講師。

(2023年02月20日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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