(8)心臓・血管疾患に対する集中治療(上)~長期予後とQOL改善を目指して 心臓病センター榊原病院院長補佐 近沢元太

近沢元太氏

 集中治療室(ICU)は、生命の危機にある最重症病客を24時間の濃密な観察のもとに、最先端の医療技術を駆使して集中的に治療する特別な病室です。ICUでは、心臓手術後の病客を中心に、心不全、呼吸不全、意識障害、腎不全、血液凝固異常など重要臓器障害を来した生死の境をさまよう最重症例に対する救命のための治療を行っており、この四半世紀でその治療成績も長足の進歩を遂げてまいりました。

 その原動力の一つとして、各種の薬剤・高度医療機器を含めたICUにおけるハードウエアの整備が進んだことは言うまでもありませんが、ICUで治療を受けられる病客の長期予後並びに日常生活へ復帰後の生活の質(QOL)改善のためには、むしろソフトウエアの部分、つまり集中治療に携わる医師とコメディカルスタッフ(看護師、臨床工学技士、理学療法士、薬剤師等)の緊密な連携のもとに質の高いICUチーム医療を実践することが重要となります。

 また、集中治療領域における未解決の重要課題の一つとして、集中治療後症候群(PICS)という病態が、世界中で急速に進行する超高齢化社会の到来とICUで治療を受けられる病客様の高齢化を背景に近年、クローズアップされてきています。

 PICSとは、ICU在室中あるいはICU退室後、さらには退院後に生じる身体機能・認知機能・精神機能の障害と定義されています=。重症疾患に対するICUの治療は、病床での安静な臥床(がしょう)が長期化するにつれて、上下肢の筋力が著しく低下することが知られており、この病態は英語ではICU―acquired weakness(ICU―AW)と定義され、PICSの身体機能障害の中で最も重要なカテゴリーの一つとして、注目されています。

 より平たく言うと、PICSとはICU退室後の後遺症にあたります。PICSはICU入室中には見過ごされていることが多く、またPICSの発症が退院後の日常生活におけるQOL低下から長期予後へも悪影響を及ぼすことが指摘されています。

 また、重症疾患にかかった病客の家族や介護者の約30%にも、不安や抑うつ状態などの精神障害を発症することが指摘されており、家族のPICS発症は、特にPICS―family(PICS―F)と呼ばれています。

 次回はこのPICSについてもう少し掘り下げて説明するとともに、超高齢化社会における当院での集中治療の現状と今後の展望についてご紹介させていただきたいと思います。

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 心臓病センター榊原病院(086―225―7111)

 ちかざわ・げんた 筑波大学医学群卒業。東京女子医大、東京医大茨城医療センター、カナダ・トロント大学を経て、2009年に心臓病センター榊原病院外科部長に就任。14年から現職。集中治療専門医、心臓血管外科修練指導医、ステントグラフト指導医、日本外科学会指導医、米国胸部外科学会国際会員、カナダ・オンタリオ州医師免許。

(2024年03月04日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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