(1)脳卒中後遺症にボツリヌス治療 岡山リハビリテーション病院 

(左から)森田能子医師、乙倉智恵作業療法士、浅野智也理学療法士

筋肉に注射

 日本でボツリヌス注射は、1996年眼科領域の眼瞼(がんけん)けいれん、2000年に片側(へんそく)顔面けいれん、01年に痙性斜頸(けいせいしゃけい)、09年に脳性まひの尖足(せんそく)、そして10年に原因を問わない上肢・下肢の痙性まひに対して順次認可が開始となりました。残念ながら、脳卒中の痙性まひに対してボツリヌス注射が福音をもたらすことはまだ周知されていません。

 実際にはA型ボツリヌス毒素製剤(商品名ボトックス)という注射液を使うことが一般的です。製剤に毒素という名がついているため劇薬扱いされていますが、台所洗剤で簡単に失活(不活化)できます。

 当院では、10年8月より外来でボツリヌス注射を開始しました。注射は目的の筋肉に直接施注するのですが、慣れればさほど難しい手技ではありません。

 痙性による強い筋緊張をこの薬剤で低下させることで、これまで脳卒中後の筋痙縮に悩まされていた方に明らかな効果をもたらすことを確信してきました。

 当院では、リハビリのスタッフによる痙縮の評価と注射後の運動の指導を組み合わせて、ボツリヌスの筋注射の効果を十分に引き出せるようにチーム医療に積極的に取り組んでいます。

評価とトレーニング

 リハビリスタッフは、ボツリヌス注射前後の評価と、注射後すぐのトレーニングに関わっています。評価は、注射の直前直後と注射から2〜4週間後に行っており、他動的な関節可動域や筋肉のこわばり(抵抗)具合を評価します。

 注射後のトレーニングは、注射液の効果をよくするために施注筋を動かすよう指導しています。本人あるいは家族には次回評価日まで、家庭で自主練習を継続していただくようお願いしています。

上肢への効果

 上肢のボツリヌス治療は、肩を中心とする痛みを軽減させ、上着の着脱や手指の衛生管理などの日常生活動作の改善と介助の軽減を目的としています。印象として一番の改善点は、肩の筋肉のこわばりが緩むことで関節が動きやすくなり、肩の痛みが軽減することです。患者さんに聞くと、注射後は更衣の介助がしてもらいやすくなり、手指の痙性が緩むことで入浴時に手指を洗いやすくなったと喜ばれています。

下肢への効果

 片まひの下肢に対するボツリヌス治療は、「筋肉のこわばり=痙縮」が原因で起こる姿勢の問題や動く時の痛みの改善を目的に行われます=図参照。主な利点は、痙縮のため関節の可動域が狭まっているのを緩和し、抵抗なく動きやすくすることです。

 具体的な例を挙げましょう。股関節が開きにくくなった場合はおむつ交換に難渋しますが、ボツリヌス治療で股が開きやすくなり、本人も介護者もおむつ交換の労力が軽減します。歩ける人で足関節がこわばっている場合には、注射でこわばりを軽減することで歩きやすくなり、歩行姿勢も良くなります。

 下肢へのボツリヌス治療で注意しておきたいことは、筋肉が柔らかくなることで脱力感を生じ、荷重時に膝折れや足首のふらつきを起こして転倒する危険性が、注射直後ではなく2〜3日たってから高まることです。そのため施注後に、状態の評価と同時に注意喚起をしています。

 リハビリに携わる者としては、下肢の大きな筋肉の拘縮が起こらないよう予防に力を入れますが、公的医療保険上、リハビリ日数には制限があり、いつまでも継続できません。硬くこわばってしまうとリハビリ治療が難しく限界を感じることも多い中、ボツリヌス治療のおかげで難しい痙縮の治療に可能性が広がったと感じます。

まとめ

 ボツリヌス注射が痙性を減弱させる効果を多くの医療者が実感すれば、近い将来、痙縮のポピュラーな治療法になると期待されます。問題はこの製剤が非常に高価であることで、公的援助制度が利用できる方にはそれを活用するよう勧めています。(リハビリテーション科専門医 森田能子、作業療法士 乙倉智恵、理学療法士 浅野智也)

(2014年02月17日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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