(6)脳卒中外科治療  倉敷中央病院脳神経外科 沈正樹主任部長

脳の開頭手術をする沈主任部長

脳のCT画像を確認する沈主任部長

(写真上)左中大脳動脈分岐点にできた大きさ7ミリの脳動脈瘤、(同下)クリップをかけた脳動脈瘤。血管から血液が流れ出ないようにし破裂を防ぐ

 日本人の死因の上位を占める脳卒中。中でも、脳動脈瘤(りゅう)が破裂して起きるくも膜下出血は発症すると生死に直結し、一命を取り留めても、意識障害や手足のまひ、言語障害などの重い後遺症が残るケースが少なくない。

 沈は、脳動脈瘤に対する代表的な治療法である開頭手術を年間約30例手掛ける。脳は、知覚や運動機能をつかさどる中枢神経が集中する。沈はおよそ四半世紀の間、これらを傷つけないための高度で繊細な手技を磨いてきた。

 手術は、額の真ん中から耳たぶの前にかけて皮膚を切り開き、頭蓋骨を取り外す。そして、脳を覆う硬膜、くも膜を開き、瘤(こぶ)の根元にチタン製のクリップ(長さ1~2センチ)をかけ、瘤の中に血液が流れ出るのを防ぐ。「風船の根元を留めるようなイメージ」という。

 脳に微量の電気刺激を与えたり、血流検査をし、神経や血管を傷つけたり閉塞していないかを確認しながら、手術を進める。4~6時間が一般的な手術時間とされるが、沈は平均で4時間以内で済ませる。その分、脳の腫れや出血などのリスクを軽減することができる。

 開頭手術は脳動脈瘤の破裂前に行うこともある。瘤は成人の2~6%にできるが、大きさがおおむね5~7ミリ以下なら経過観察。それを超えた場合、瘤がある場所、患者の年齢、全身状態などを総合的に勘案して手術のタイミングを決める。

 くも膜下出血の治療ではもう一つ、足の付け根からカテーテルを通し、瘤内をコイルで閉塞する脳血管内治療という方法がある。脳にメスを入れないため負担が小さいのがメリットだ。どちらの治療法を選択するかは、瘤の形状や部位、患者の年齢などによって異なる。この治療法が普及し始めた十数年前には沈も行っていたが、現在は後進に譲り、脳血管内治療では治すことが困難な重症例を担当する。

 一般的にくも膜下出血を発症すると、後遺症が残らずに社会復帰できるのは3、4割程度にすぎない。しかし、倉敷中央病院では、手術ができずに死亡してしまうケースを含めた全搬送患者のうち、5、6割は後遺症が残らず治るという。手術実績などと違い、こうしたデータはあまり公になることはないが、沈は、倉敷中央病院の医療水準の高さを裏付けるこの結果にひそかに胸を張る。

 「脳の所見、医学データだけでは説明できないことがある。生命の神秘ですよ。だからこそ、どんな場合でも最善を尽くすんです」

 ただ、一度くも膜下出血を発症すれば、再発の可能性が既往歴のない人より高くなる。多くの患者は「いつ破裂するのだろうか」という不安におびえながら生活する。

 こうした状況を踏まえ、沈は、手術が成功しても決して治療が終わったわけではなく、患者との真の信頼関係を築くのは退院後からだと考える。

 「患者さんにとっては手術後から新たな人生や苦悩が始まる。少しでも安心して快適に生活できるよう、生活習慣などにも気を配ってアドバイスする」

 頸(けい)動脈狭(きょう)窄(さく)症の治療にも当たる。頸動脈狭窄症は、頸動脈の内側にたまったコレステロールや血液の塊が脳の血管に流れて詰まり、脳梗塞を引き起こす。沈は、首の横の部分を切開してこれを取り除く内膜剥離術を年間約10例手掛ける。

 「脳は心臓と同様、あらゆる気管、臓器の中枢。これにメスを入れることは患者を新たな危険にさらすもろ刃の剣であることを忘れてはいけない」

 高齢化が進み、脳卒中患者は今後、ますます増える見込みだ。一方、全国的な外科医減少のあおりを受け、クリッピング手術を行うことができる医師は減少しているという。「既に技術が確立された脳卒中治療の基本的な術式。自分が身に付けたものをすべて伝えていかなければ」と話す。

 (敬称略)

ちん・まさき 京都・洛南高、京都大医学部卒。大阪・北野病院、浜松労災病院を経て2000年に倉敷中央病院へ。10年から2年間、静岡県立総合病院の主任医長を務め、12年に倉敷中央病院へ戻り、今年4月から現職。脳神経外科専門医、脳卒中専門医。47歳。


脳卒中 脳卒中は、血管に血栓(血の塊)が詰まる脳梗塞、血管の分岐部などにできた瘤(動脈瘤)が破れるくも膜下出血、脳内の血管が破れる脳出血の3種類あり、国内の患者は推計で約150万人。年間約12万人が死亡し、脳梗塞がその約6割、脳出血が約3割、くも膜下出血が約1割を占める。

 寝たきりや要介護度の重い人の約4割は脳卒中に起因するともいわれる。近い将来、高齢化の進行で患者の倍増が予想されている。

 倉敷中央病院は2005年に脳卒中科を開設。脳神経外科と脳卒中科の常勤医が計12人おり、両科の医師2人が24時間体制で常駐し、緊急手術に対応している。2013年は約1200人の入院患者を受け入れ、その約6割が脳卒中だった。

◇ 倉敷中央病院(倉敷市美和1の1の1、(電)086―422―0210)

(2014年09月01日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

タグ

カテゴリー

関連病院

PAGE TOP