(16)脳血管内治療 岡山赤十字病院脳血管内治療外科  西田あゆみ副部長

脳動脈瘤へコイルを挿入する西田医師

病院のスタッフと談笑する西田医師(左から2人目)

開頭せずカテーテルで“手術”

 岡山赤十字病院に新しい診療科「脳血管内治療外科」が開設されたのは2014年4月。脳血管内治療専門医であり、脳神経外科医でもある西田の赴任がきっかけだった。脳血管内治療とは、脳梗塞や血管狭窄(さく)、脳動脈瘤(りゅう)などに対し、開頭手術ではなくカテーテルを使って血管内から“手術”すること。技術や器具の進歩に伴い注目度が高まる治療法だが、日本脳神経血管内治療学会認定の専門医は全国で947人(15年4月現在)と、まだ千人に満たない。最先端の画像診断装置を備え、血管内治療を行う「IVRセンター」を開設するなど、体への負担が少ない(低侵襲)治療を推進する同病院が、西田にかける期待は大きい。

 脳血管疾患は日本人の死因第4位。近年は減塩食や薬による血圧コントロールが進み、脳出血は減少傾向にある一方、脳梗塞が増加している。脳に酸素や栄養分を供給する動脈が血栓で詰まり、血流が止まることで致命的なダメージを及ぼす脳梗塞。一刻も早い血流再開の鍵となるのが「血行再建術」だ。最初に検討されるのが「t―PA」という薬。静脈に投与して血栓を溶かす。しかし、発症から4時間半を過ぎると脳出血のリスクが高まり投与できない。心筋梗塞の治療・予防などで血液の抗凝固薬を服用している場合も同様だ。適用できる症例は多くはなく、実際に投与しても血栓の部位などにより十分効果が出ない場合もあり、その時はカテーテル治療の出番となる。

 従来はバルーンで梗塞部分を広げたり、薬剤を血栓に注入して溶かす方法をとっていたが、現在は血栓を体外へ取り出す方法が広く用いられるようになっている。

 昨年7月、新たな回収器具「ステントリトリーバー」が認可された。カテーテルを脚の付け根の大腿((だいたい)動脈から入れ、血栓部分まで到達したら網状の金属性の筒(ステント)を挿入。血栓全体を覆って絡め取り、体外へ引き出す。従来の方法に比べ治療効果は格段に向上したという。局所麻酔で行う手術の平均所要時間はおよそ1時間。時間が長くかかるほど回復の可能性が低くなる。

 高血圧や高齢の人は動脈硬化で血管が細くなったり蛇行しており、カテーテル挿入の難易度も高く、経験がものをいう。西田は「脳梗塞を疑ったら時間との勝負。画像を見て素早く診断を下し、できるだけ早く再建術を施す必要がある」と言う。

 血管内治療の対象となる疾患で多いのがくも膜下出血。脳動脈瘤が“破裂”することで発症する。破裂といってもこぶ(瘤)がなくなるわけではなく、瘤壁に亀裂が入り血液が外へあふれ出した状態だ。それ以上の出血を予防するために、「コイル塞栓術」を適用する。カテーテルを瘤内に挿入し、プラチナ製の軟らかい針金(コイル)で瘤を埋め尽くして血流を止める。開頭して瘤の根元をクリップで挟む手術とともに、重要な選択肢となっている。

□    ■

 脳ドックなどで見つかった脳動脈瘤の破裂を未然に防ぐためにも、コイル塞栓術は使われる。実際の手術を見学した。エックス線画像を確認しながら、指先の感覚を頼りにコイルを挿入。瘤内にコイルがするすると折り畳まれていく。血管造影剤で血流を確認しながら、長さや柔軟性が異なるコイルの種類をスタッフに指示。約3時間かけて瘤内を完全に埋め切り、血流はなくなった。

 「コイルで血管壁が傷付けば出血の恐れがあり、気が抜けない」と西田。開頭手術より低侵襲とはいえ、病変がある血管はもろく、繊細な技術が求められる。出血すれば、ただちに開頭手術に切り替えなければならない場合もあり、緊急時に備え、常に脳神経外科の医師・スタッフがスタンバイしている。もちろん西田自身も脳神経外科医。緊急開頭術にも対応できる体制を整えている。

 沈着物(プラーク)で狭くなった首の内頸動脈を広げる予防治療の「血管拡張術」もある。ステントでプラークを押さえ、そのまま留置して血流を回復させる。従来はプラークを直接除去する外科手術が主流だったが、ステントを使えば患部の血流を止めずに局所麻酔で手術可能。治療を受ける人が増えている。

□    ■

 西田がこの分野に関心を持ったのは、脳動脈瘤治療用コイルが認可された1997年。岡山大病院で脳神経外科医1年目だった当時、「これからは、こんな治療ができるようになるのか」と驚いた。その後赴任した国立病院機構岩国医療センターで実際の治療現場を目にし、「開頭しない治療法を習得すれば世の中の役に立つ。自分にとっても武器になる」と確信。2000年に岡山大医学部脳神経外科教室に戻り、脳血管内治療を研究テーマに定めた。以来、年間40~100例程度の症例を重ねてきた。

 脳血管内治療外科の発足から1年余り。専門治療が受けられる施設として、患者数は着実に増えている。「脳梗塞やくも膜下出血で運ばれた人が無事回復したり、未破裂脳動脈瘤を治療して『不安がなくなった』と喜ぶ姿を見ると、やりがいを感じる」と西田。「治療技術をさらに向上させ、低侵襲というメリットを生かし切りたい。ただ低侵襲とはいえ、患部の状態によっては触らない方が良い場合もあり、また通常の外科手術の方が適している場合もある。院内の専門医とも協力して症状を的確に検討し、患者一人一人にとって一番良い治療法を選択していきたい」と静かな闘志を燃やす。

   ◇

 にしだ・あゆみ 倉敷南高、岡山大医学部卒。同大脳神経外科に入局後、国立病院機構岩国医療センター、鳥取市立病院を経て、2000年に岡山大医学部脳神経外科教室へ。その後国立病院機構福山医療センター、岡山大病院、香川労災病院を経て、14年から岡山赤十字病院勤務。日本脳神経外科学会専門医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。43歳。
 岡山赤十字病院(岡山市北区青江2の1の1、(電)086―222―8811)

   ◇


脳動脈瘤破裂

コイル塞栓術 欧米では80%


 脳動脈瘤(りゅう)が破裂するくも膜下出血の急性期。開頭によるクリップ治療と血管内治療によるコイル塞栓術を受けた患者の2カ月後、1年後の状態を調べた欧州での研究(2003年)がある。それによると、血管内治療の方が、死亡率や要介護比率が低い。このデータが公表されて以降、欧米では治療法の約80%が血管内治療となっているという。日本ではまだ約40%だが、今後はさらに増えていくと予想される。

 一方で血管内治療の方が再治療となる比率が高いというデータもある。外科手術によるクリップ治療では、クリップがはずれた時や瘤の根元が広くてもともと閉じきっていない場合以外は再治療になりにくい。コイル治療は根元を閉じるわけではないため、瘤内の血流が再開してしまうことがある。例えばコイルの塊が血流に押しつぶされて小さくなり、血管壁が血流で圧迫されるようになれば、再治療となる。

 瘤の部位や形状、出血量や開頭手術によるリスクなどを総合的に検討し、血管内治療か外科手術かを選ぶことになる。

(2015年09月07日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

カテゴリー

関連病院

PAGE TOP