(9)前立腺がん・腎がん 津山中央病院院長補佐(泌尿器科) 明比直樹

【図1】前立腺がんの病期別治療

【図2】腹腔鏡下前立腺全摘除術の術中写真

【図3】通常の電気凝固とソフト凝固の比較

【図4】腎部分切除術 (左)腫瘍を切除後の腎切除表面(中央のくぼんだ部)(右)ソフト凝固で腎切除表面を焼灼した後(切除表面が白く止血されている)

明比直樹院長補佐

▼前立腺がん~がん統計と病期別治療

 2015年のがん統計予測では、男性の部位別予測がん罹患(りかん)数で前立腺がんが9万8400人と胃がんや肺がん、大腸がんを抑えて第一位になると予測され、当科では年間70~90例の新規前立腺がん患者がみつかっています。

 前立腺がんの治療は大きく分けると、がんが前立腺に限局しているいわゆる限局がんと、リンパ節や遠隔転移のある転移がんに分けられ、転移がんの場合、男性ホルモンを下げたり、ブロックする男性ホルモン遮断療法など薬物療法が主体となります。

 限局がんの場合は、前立腺局所でのがんの広がり(ステージ)、生検組織の悪性度(グリーソンスコア)、PSA(前立腺特異抗原)の値によって低・中間・高・超高リスクに分類され、経過観察するPSA監視療法(待機療法)、外科的手術、放射線治療、男性ホルモン遮断療法などのさまざまな治療の中から年齢や健康状態を考慮して選択することになります(図1)

▼腹腔鏡下前立腺全摘除術     

 限局がんの場合、75歳以下で重篤な基礎疾患のない方には外科的手術も選択肢の一つとして勧めています。手術のアプローチとしてお腹を切開する方法や、内視鏡(腹腔(ふくくう)鏡あるいはロボット)などありますが、当院では13年4月から岡山大学泌尿器科の小林泰之医師の支援のもと、内視鏡下に前立腺と隣接する精嚢(せいのう)腺を摘出し、その後膀胱(ぼうこう)と尿道をつなぐ腹腔鏡下前立腺全摘除術を開始しており、15年11月末までに35例行っています(図2)。

 腹腔鏡下前立腺全摘除術のメリットは(1)切開創が小さいため美容的な利点があり、また術後の創痛が少なく回復が早い(2)前立腺が骨盤底深くに位置するため腹腔鏡で観察する方がより詳細に拡大視野で見ることができ、繊細な操作が可能となる(3)炭酸ガスで気腹しながら手術を行うため、開腹手術に比べ出血量が少ない―などがあります。

 一方、腹腔鏡手術のデメリットとしては前立腺を摘除後に膀胱と尿道を縫合する操作が難しいこと、前立腺周囲には静脈叢(そう)など血管が多く、時に出血のコントロールが難しい場合があることなどです。

▼3D内視鏡とソフト凝固    

 当院では今年7月から3D内視鏡を導入することにより、腹腔鏡下前立腺全摘除術で難易度が高かった膀胱と尿道の縫合操作が比較的容易となり、手術時間も短縮できています。

 また出血についてはソフト凝固を使用することにより安全に止血することができるようになっています。ソフト凝固は、通常の電気凝固が放電により電気メスを当てた組織の部分がおよそ500度まで上昇、組織を炭化(いわゆる“おこげでふたをした”ような状態)させて止血するのに対し、放電がなく比較的低温(通常100度以下)で蛋白(たんぱく)が変成凝固することにより、炭化を起こさず止血します(いわゆるwhite coagulation)。また炭化が起こらないため、かさぶたがとれて再出血するといったリスクも小さくなります(図3)。

▼腎がん~ソフト凝固と腹腔鏡を使用した腎部分切除術

 腎がん治療の第一選択は手術療法ですが、最近では画像診断の普及に伴い、比較的小さな腎がんが偶然見つかることが多くなっており、腹腔鏡下に腫瘍を周囲の正常腎組織の一部をつけて切除する腎部分切除術が行われるようになっています。

 摘出する腫瘍はそれほど大きくないため、小さな切開創から取り出すことができ、腹腔鏡手術のメリットが生かせる一方、腎自体血流が非常に多い臓器であり、腎への血流を一時的に遮断してすばやく切除・止血することが必要です。また通常は残った腎実質を縫合することが多いのですが、血流遮断時間の延長や阻血による腎機能低下などの問題もあります。当科ではソフト凝固を使用することにより、血流の遮断時間を短く、安全確実に止血でき、術後の再出血のリスクも減らす取り組みを行っています(図4)。

▼おわりに     

 ライフスタイルの多様化に伴い、がん治療に対する患者のニーズも多様化してきています。当院では16年から、中四国地方で初となる陽子線治療を施行予定です。合併症や入院の必要な陽子線治療患者に対応できる総合病院としては西日本初です。今後、陽子線治療の導入によって、限局性前立腺がんに対する患者の治療の選択肢がさらに増えると思われます。

 また当院は岡山県北の基幹病院ですが、診断から治療、フォロー・アップまですべて自院で完遂できるわけではありません。かかりつけ医など地域の医療機関と密接に連携しながら、「地域の人々に寄り添った」地域完結型の良質な医療を提供していきたいと思います。

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 津山中央病院(0868—21―8111)

 あけび・なおき 岡山芳泉高、奈良県立医大医学部卒。岡山大医学部泌尿器科、岡山済生会総合病院、国立病院機構岩国医療センターなどを経て2004年から津山中央病院。医学博士。日本泌尿器科学会専門医・指導医、日本癌治療認定医機構暫定教育医・癌治療認定医。

(2015年12月21日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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