(1)急性前骨髄球性白血病に対する分子標的療法 倉敷中央病院 血液内科主任部長 上田恭典

急性前骨髄球性白血病の白血病細胞。針のような部分はアウエル小体と呼びます。濃い部分は核といい、染色体が含まれています

レチノイン酸と培養して4日目、核が分化し始めています

レチノイン酸と培養7日目、核はさらに分化し正常の白血球に近くなっています。よく見るとアウエル小体の名残が見えます

上田恭典血液内科主任部長

 従来、悪性腫瘍に対する抗腫瘍剤は、細胞が分裂する際に細胞内で生じる、染色体上の遺伝子を2倍に増幅してそれぞれの細胞に振り分け増殖していくさまざまな過程をとらえて攻撃することで効果を得ていました。正常細胞も腫瘍細胞と同じ仕組みで分裂しますので、このような治療では正常細胞も腫瘍細胞も同時に障害され、副作用も強くなります。

 一方、分子標的薬は、腫瘍細胞が特徴的に持っている性質、腫瘍増殖のために特に増強されている分子や、情報伝達経路に特異的に作用しますので、正常細胞に対する影響は少なく、腫瘍細胞に強く作用することが期待されます。ただし、作用が、全く想定していない別の部分へ及び、予期しない効果を生じる可能性があるため、未知の副作用に常に注意する必要があります。今回は2回にわたって血液疾患治療における分子標的薬の活躍についてご紹介します。



 血液内科領域で最初に登場した分子標的薬は、急性前骨髄球性白血病(APL)に対するビタミンAの誘導体であるレチノイン酸です。通常白血病治療では、白血病細胞も正常細胞も区別なく強く攻撃して、その後正常の造血が先に回復して寛解状態になることを目指す、厳しい治療が行われます。

 APLは白血球が前骨髄球と呼ばれる段階で成長(分化と呼びます)を止め、増殖を繰り返して正常の血球の生成を抑えるとともに、強い止血障害を生じる厳しい白血病です。1977年に人間の染色体の15番目の一部と17番目の一部が互いに入れ替わる(15;17)転座が、APLの大部分で認められることが分かっていましたが、88年になり中国から、以前から細胞の分化に関連することが分かっていたレチノイン酸を内服すると、通常の強い治療をしなくても大部分のAPL患者が寛解に入ることが報告され、フランスとアメリカで追試が行われ、確認されたのです。

 90年に(15;17)転座部位が、ちょうど白血球の分化に直結するレチノイン酸の細胞への入り口になる17番染色体のレチノイン酸α受容体(RARα)と15番染色体上のがん抑制遺伝子であるPMLが存在する部分であり、両者が合わさってPMLRARαと呼ばれる新たな遺伝子が作られていることが分かりました。その後の研究で、PMLRARα遺伝子が生じたことで正常の分化ができなくなって生じた白血病が、大量のレチノイン酸を加えることで分化能力を回復し、寛解に導かれる作用機序まで解明され、分子標的療法の画期的な成功例として記憶されることになったのです。

 写真では、患者さんのAPL細胞をレチノイン酸を加えて培養し、白血病細胞が分化する様子を示しました。この方は、実際の治療でも寛解を得ることができました。その後中国で漢方薬として用いられていた亜ヒ酸が、主にPML遺伝子に関連して、APLに著効を呈することが分かり、やはりAPLの治療に不可欠の治療薬として通常の診療で用いられています。

 中国からの内服薬で白血病が治療できるという報告と追試での確認、遺伝子レベルでのAPL発生と治療効果発現の仕組みの解明という場面に立ち会えた興奮を、今でも覚えています。次回は、慢性骨髄性白血病、悪性リンパ腫や良性疾患での分子標的薬をご紹介します。

◇ 倉敷中央病院(086―422―0210)

 うえだ・やすのり 京都・洛星高、京都大医学部卒。倉敷中央病院、同大大学院を経て2000年から倉敷中央病院血液内科主任部長、血液治療センター長。10年から外来化学療法センター長兼務。日本アフェレシス学会理事、岡山県合同輸血療法委員会委員長。京都大臨床教授、日本血液学会認定血液専門医、指導医。日本造血細胞移植学会造血細胞移植認定医。

(2016年04月18日 更新)

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