(2)虚血性心疾患の外科治療 心臓病センター榊原病院心臓血管外科 副院長 坂口太一

坂口太一副院長

冠動脈バイパス術や再生医療

 全身に血液を送り続けるポンプの役目をしている心臓の筋肉(心筋)を栄養する血管を「冠動脈」と呼びますが、その冠動脈が動脈硬化により狭くなり、心筋が血流不足になっておこる一連の病気を「虚血性心疾患」と言います。

 この「虚血性心疾患」は、冠動脈の狭窄(きょうさく)によって心筋が酸素不足になり、胸痛をおこす「狭心症」と、完全に詰まって心筋が壊死してしまう「心筋梗塞」の二つに大別されます。「狭心症」の段階では、心筋は血流不足になっているだけなので、治療によって血流が再開されれば正常の働きを取り戻すことができますが、「心筋梗塞」になると、壊死(えし)した心筋は血流を再開しても蘇(よみがえ)ることはありません。梗塞範囲が広くなると心臓全体のポンプ機能が低下し、「心不全」という状態になってしまいます。「狭心症」と「心筋梗塞」は、同じ原因で症状も似ていますが、事の重大性は大きく違うのです。

 虚血性心疾患の外科治療の目的は、(1)心筋の血流を改善し、狭心症の症状をなくしたり、将来の心筋梗塞を予防すること。(2)心筋梗塞によって弱った心臓のポンプ機能を改善し、心不全を予防すること。この二つに大別されます。

 前者のために行うのが、「冠動脈バイパス術」です。天皇陛下が受けられた治療として有名になりましたが、これは身体の別の部位から血管を採取して、冠動脈の狭窄部位を橋渡しするように吻合(ふんごう)し、血液の迂回路(うかいろ)(バイパス)をつくる手術です。わが国では人工心肺を使用せず、心臓を動かしたまま吻合する「オフポンプバイパス手術」が主流になっています。脳梗塞や出血のリスクを減らすことができるというのがその理由ですが、最近の研究では全ての患者にとってオフポンプ手術が最適というわけではなく、従来通り心臓を止める方が正確な手術が可能になり、良い結果をもたらす場合もあることが分かってきました。

 また、胸の真ん中を縦に大きく切り開く従来の方法ではなく、左胸の肋骨(ろっこつ)の間を小さく切開して行う「低侵襲バイパス手術」も注目を浴びつつあります。傷が目立たず術後の回復が早いなど魅力的な方法ですが、技術的に難しく、バイパスの本数が多い場合などには不向きです。重要な冠動脈だけ低侵襲バイパス手術でつなぎ、残りをカテーテルで治療する「ハイブリッド治療」も一部で行われています。一言で「冠動脈バイパス手術」といっても、その治療内容はさまざまで、自分に合った方法を患者自身が選択する時代になりつつあります。

 後者のために行う手術としては、ポンプ機能が落ちて大きく伸びてしまった心臓を小さくして形を整える手術(左室形成術)や、ゆるんで逆流した弁を修繕する手術(僧帽弁形成術)などがあります。しかしこれらの手術は傷んだ心臓のほころびを繕っているだけで、心筋そのものが元気になるわけではありません。心筋細胞は脳細胞と同じで、いったん壊死すると再生しないので、大きな心筋梗塞を起こし心不全が重症化してしまうと、これらの治療では十分に治せない場合もあります。

 そのような重症心不全の患者さんに対する最終的な治療として心臓移植がありますが、わが国ではドナーが少なく、その恩恵を受けられる人はわずかです。自己の心筋細胞を元気にする試みとして、骨格筋芽細胞を使った再生医療(ハートシート)の臨床応用が始まりました。iPS細胞を使った心筋再生治療の研究にも今後期待がかかります。

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 心臓病センター榊原病院(086―225―7111)

 さかぐち・たいち 大阪大学卒、同大学院修了。米国コロンビア大学、大阪大学などを経て、2012年より現職。成人心臓手術、特に低侵襲心臓手術、重症心不全治療(補助人工心臓、心臓移植)が専門。医学博士。米国医師免許。心臓血管外科専門医。移植認定医。植込型補助人工心臓実施医など。

(2017年06月05日 更新)

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