肺がんの低侵襲手術 倉敷中央病院 奥村典仁呼吸器外科主任部長

奥村典仁呼吸器外科主任部長

胸腔鏡を使い、モニター映像を見ながら肺がんの切除手術を行う奥村医師(左)

肺区域切除ではインドシアニングリーンを取り込んで光っている区域を温存し、暗い区域にある病巣を切り取る

鏡視下手術で負担軽く

 倉敷中央病院の呼吸器外科が手掛ける肺がん手術は年間約240件に達する。この数は中国四国地方の病院で最も多く、全国でもトップクラスだ。

 日々、手術室の最前線に立ち、高い実績をけん引しているのが奥村典仁医師。2001年の着任以来、同科の手術件数を約3倍に増やした。胸腔鏡(きょうくうきょう)を使った低侵襲の「完全鏡視下手術」を中核にさまざまな術式を駆使し、患者に救いの手を差し伸べている。

 長年にわたって日本人の死因のトップを占めるがん。肺がんは部位別のがんの中で死亡者数が最も多く、年間7万3千人余りもの人が亡くなる。とはいえ、奥村医師は「CTやPETによる画像診断の精度が向上し、より小さな段階で見つかるケースが増えている。早期なら手術で十分に根治が期待できる」と自信を見せる。

 肺がんは進行状況によってI~IV期の4段階に区分される。手術の適応となるのは、ごく早期のI期から、周りの組織や臓器に浸潤し始めるIII期の一部まで。

 奥村医師のチームは、肺がん手術の約7割を完全鏡視下手術で行う。脇の下の辺りを計3カ所、0・5~3センチ程度ずつ切開し、そこから小型のカメラを装着した胸腔鏡と手術器具を挿入する。体内を直接のぞかず、モニター画面に映し出された映像を見ながら病巣を切り取る。わずかな切開で済み、痛みが軽減されるため、術後の回復も早い。

 チームは「体への負担が軽い完全鏡視下手術は、体力の弱い高齢の患者にも広く適応できる」として、この数年間では、全国で最も多くの80歳以上の肺がん手術を実施している。

 近年は大きさが2センチ以下の小さな肺がんを対象に、完全鏡視下手術による「肺区域切除」に力を入れる。肺は肺葉と呼ばれる五つのブロックで構成されており、肺葉はさらに細かな18の肺区域に分けられる。一般的な手術では、がんのある肺葉を切り取る「肺葉切除」を行うが、肺区域切除は肺区域を単位により小さく切る。

 再生しない臓器である肺は、切った分だけ機能が低下し、息苦しくなるなどの障害が残る。区域切除は肺機能をより多く温存することができ、術後のQOL(生活の質)が保てる。

 ただ、切除範囲が小さくなるほど、がんを取り残すリスクは高まる。それを防ぐためには術者の高度な技術力が求められる。

 区域切除では、区域の境界を見極めることが不可欠だが、実際には目に見える境界線があるわけではなく、判別は容易ではない。血管や気管支も人によって走行の仕方が異なり、特に細い血管・気管支のどれを切るか見分け、処理するのには困難が伴う。完全鏡視下で、正確かつ安全に行える医師や施設はまだまだ限られている。

 奥村医師らは術前に3D―CTによる3次元画像で血管の状態を確認し、綿密なシミュレーションを行った上で手術に臨む。

 区域の境界を特定するため、インドシアニングリーン(ICG)という検査薬を注射する。ICGは一定の光を当てると蛍光を発する性質を持つ。切除予定区域に血が流れないよう血管を処理しておけば、ICGを取り込んだ温存予定区域だけが光り、境界がはっきりと分かる。チームはこの方法ですでに70例以上の手術を行い、いずれも良好な結果が出ているという。

 初診で呼吸器外科を訪れた肺がん患者が手術を受けるまでの平均日数は、13・1日(2016年)と2週間を切る。術後の平均入院日数も6・7日(同)と短い。つまり患者は初めて外来に足を運んでから、たった20日後には、がんが治った状態で家に戻れる。

 「がんに対する不安を抱えたまま長く待たせておくわけにはいかない」。患者への思いから低侵襲手術に取り組む奥村医師は、この日数の短縮にこだわる。

 もちろん、がんがある程度進行した患者に対しては、心臓血管外科や整形外科など他の診療科と協力して拡大手術(肺以外の臓器の一部も一緒に取り除く手術)を行う。手術に抗がん剤や放射線を組み合わせた集学的治療にも積極的に取り組む。

 「基幹病院の当院は地域医療における“最後の砦(とりで)”。がんの進行具合や患者さんの体調に応じてオールマイティーに対応できなければ」。肺がんと戦い続けるベテラン外科医は常にその覚悟を胸に置いている。

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 倉敷中央病院(倉敷市美和1の1の1、086―422―0210)

 おくむら・のりひと 岐阜県立岐阜高校、山口大学医学部卒。京都大学大学院医学研究科修了。同大学生体医療工学研究センター(現・再生医科学研究所)、米国マサチューセッツ総合病院、西神戸医療センターなどを経て、2001年6月に倉敷中央病院呼吸器外科部長。翌年4月から同外科主任部長を務める。呼吸器外科専門医、日本胸部外科学会認定医・指導医、日本外科学会専門医、日本呼吸器学会専門医・指導医、世界肺癌学会正会員など。

(2018年10月15日 更新)

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