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第3回 胃がん 倉敷中央病院 小笠原敬三院長 リスクも考え内視鏡を チーム医療充実 不可欠

 おがさはら・けいぞう 京都大医学部卒。1981年倉敷中央病院に入り、外科主任部長、副院長など経て昨年4月から現職。日本消化器外科学会指導医。高松市出身。61歳。

【表1】胃壁の構造

【表2】胃がんの臨床病期と治療

 医療の高度化に伴って複雑化する胃がん治療。倉敷中央病院(倉敷市美和)の小笠原敬三院長に、早期がんへの対応や患者支援への新たな試みなど最前線の動きを聞いた。

 ―倉敷中央病院の胃がんの外科手術の症例数は岡山県内でトップクラス。年間200件にも及びます。

 開腹手術は 腫瘍 ( しゅよう ) の場所や大きさなどによって胃をすべて摘出するか、一部切除にするかを決めます。胃がん手術の“王道”で、最も有効で標準的です。

 5年生存率は66・6%。診断や医療の進歩によって、今では比較的治りやすいがんの一つと言えるでしょう。

 ―とはいえ、先端医療への取り組みは欠かせません。

 外科手術以外にも、当院では早期がんを対象にした内視鏡的治療が95件(2009年)あります。

 1980年代から内視鏡を用いてがんを切除する内視鏡的粘膜切除術(EMR)が始まり、内視鏡下で扱える特殊なナイフが開発されてからは一括して病巣をはがし取る内視鏡的粘膜下層 剥 ( はく ) 離 ( り ) 術(ESD)が主流になりつつありますね。

 EMRは日本胃 癌 ( がん ) 学会のガイドラインで大きさが2センチ以下に限るなどの諸条件がありますが、ESDでは2センチを超えても可能になるなど適応範囲はかなり広くなりました。

 ESDだと時間はかかりますが、胃がすべて残り、入院期間も開腹手術の半分の1週間ほどで済みます。しかし、術後の病理検査で切除が不十分な場合は再手術が必要になるなどのリスクを心に留めておかなければなりません。

 傷を小さくすることばかりに気をとられて根治性が低下するようでは、本末転倒です。

 早期がんに対する 腹腔 ( ふくくう ) 鏡下での切除も同じ。体への負担が軽い一方で、リンパ節の除去や胃の切除後に消化管をつなぎ直す技術は難しく、そのあたりを患者さんにしっかり理解してもらった上で行う必要があります。

 ―医療が高度化、複雑化する中では患者はもとより、地域の医療機関との連携強化が望まれます。

 昨年から胃がん手術を受けた患者さんとの交流会を始めました。不安を抱えて日常生活を送っている患者さんを支援したいとの思いからで、今年は3回ほど開く予定でいます。

 病院からは医師や看護師のほか、薬剤師や栄養士らも参加し、患者さんのご家族を含めて、お互いのコミュニケーションを深めながら病気と前向きに付き合っていこうと思っています。

 食事の献立から治療の見通し、再発の不安…。私どもも診療だけでは気づかなかった患者さんの思いを知ることができてとても有意義です。今のところは病院主導ですが、将来は協力し合って運営していきたいですね。

 ―昨年は県内で初めて、胃がんと大腸がんの手術を受けた人を対象に、患者情報を共通の書式に整理した「地域連携パス」も導入しました。

 これは情報を共有することで地域のかかりつけ医に病状が落ち着いているときの投薬治療や診療、経過観察を行ってもらうシステムといえます。最も身近にいる医師が術後の状態を把握していくことは異常の早期発見につながり、当院を受診する際の時間の短縮にもつながるでしょう。

 当初は賛同してもらえるかどうか不安でしたが、現在111の医療機関が参加し、101人が利用しています。この2月には研修会も開く予定で、地域での支え合いを強化していきたいと思っています。

 ―医療の質の向上には不断の努力が必要になります。

 医療の質といった場合、治療が困難な患者さんに対する質の高い医療と、患者さんに寄り添いながら安全で迅速な医療を提供する良質の医療という両面があると思います。

 双方を実現するには同じ診療科内はもちろん、他の診療科も交えたチーム医療の充実が不可欠です。

 手術はメスを握る右手よりも、それを正しい方向に導く左手が重要になります。派手な動きにばかり目を奪われず、しっかり手元を見詰めて当院の進むべき道を定めていきたいですね。


診療ガイドライン

 がんの中では肺がんに次いで2番目に多く、毎年約5万人が亡くなっている。このため、世界的にみても早期がんの発見能力は高く、医療技術も進んでいるという。

 がんの深さが胃壁の表層部にある粘膜下層=表1参照=までにとどまっているのが早期がん、それを越えると進行がんという。壁の内側から外に深く進むにつれて、周辺のリンパ節や他臓器への転移の可能性が高くなる。

 進行度はがんの大きさや転移の有無によって最も早期のⅠ期からⅣ期に分類され、病期に基づいて治療法が決まってくる=表2

 手術治療が最も有効だが、リンパ節転移のない早期がんについては口から差し込んだ胃カメラを使って病巣部分だけを取り除く内視鏡的治療が急速に浸透してきている。

 通常の開腹手術に比べて体への負担が軽く、胃が温存できるおかげで回復も早い。胃を切り取った場合に起こるめまいや手の震え、脱力感などの後遺症もほとんどない。

 さらに近年では新たな選択肢として、腹部に小さな穴を数カ所開けて専用のカメラや器具を挿入して行う腹腔鏡下胃切除の手術も増えている。

 ただ、同手術は技術的に難しく、合併症の発生率がやや高くなる可能性を指摘する声もあって、日本胃癌学会の治療方針では臨床研究段階とされている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年01月25日 更新)

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