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第4回 大動脈解離、大動脈瘤 国立病院機構岡山医療センター心臓血管外科 岡田正比呂医長 「A型」なら緊急手術 瘤は治療法に一長一短

 おかだ・まさひろ 1983年、岡山大医学部卒。広島市民病院心臓血管外科副部長、福山市民病院心臓血管外科医長、豪メルボルン大学王立メルボルン病院留学、岡山大学病院心臓血管外科病棟医長などを経て2005年から現職。

大動脈の構造(図)

胸部大動脈(直径3センチ)用のステントグラフト(岡田医長提供)

 大動脈疾患のうち、大動脈解離と大動脈 瘤 ( りゅう ) を取り上げる。国立病院機構岡山医療センター(岡山市北区田益)心臓血管外科の岡田正比呂医長に治療法や術後の留意点について聞いた。

 ―血管の壁が裂ける大動脈解離は急に発症するのですね。

 多くの場合、前触れなく突然起こります。劇的な非常に怖い病気です。ガーンと背中や頭を殴られたような激痛があったり、時に失神発作で倒れてしまう状態で発症する。血圧が急激に上がった時、例えば夫婦げんかをしていて急に奥さんが倒れてしまったという事例もあります。

 患者さんの多くは救急車で搬送されてきますが、脳卒中でも、激しい心筋 梗塞 ( こうそく ) などでも倒れることがあり、かかりつけ医の段階では、そうした疾患との鑑別、見極めが非常に難しい。

 ―搬送後すぐ手術ですか。

 大動脈解離の病型分類に「スタンフォード分類」というのがあって、A型( 上行 ( じょうこう ) の部位に解離があるもの)なら、まず緊急手術をしなければなりません。A型解離を発症すると、通常の内科的治療だけ受けて手術をしなければ、1カ月以内の死亡率が8割、9割といわれています。

 B型(上行に解離がなく、解離が 弓部 ( きゅうぶ ) や 下行 ( かこう ) 、腹部に及ぶもの)は基本的に内科的な治療(降圧剤治療など)をします。しかし 虚血 ( きょけつ ) と言って、血管が裂けたために腎臓や肝臓、腸に血液が行かなくなった状態や、裂けた所から血液が染み出して破裂の兆候がある場合は、B型でも緊急手術です。

 解離している所を人工血管に置き換える手術(人工血管置換術)が今の主流です。解離の範囲や程度によって違いますが、5、6時間で終わることもあれば、12時間ぐらいかかる時もあります。

 大動脈の上行は心臓に近い部位なので手術中いったん心臓を止めなければならない。人工心肺や、脳の血流を保つ補助手段を使い、生命を維持させます。解離も胸部大動脈瘤もいっしょですが、心臓手術に熟練しているチームでなければ難しい手術です。岡山医療センターでは、解離の緊急手術が年に10件から15件あります。

 ―大動脈瘤で、手術となる瘤の大きさはどれぐらいですか。

 胸部の大動脈瘤は直径6センチ、腹部は5センチを超すと破裂の危険性が出てくるといわれ、手術となります。ただし75歳とか80歳の高齢の方は元気なうちにということで、胸部で直径5センチ、腹部で4センチを超すと手術をすることもあります。

 大動脈瘤の手術は、人工血管置換術のほか、ステントグラフトを使う方法(カテーテルで、ばね付きの人工血管を入れる)があります。岡山医療センターでは、胸部の手術が年20件程度、腹部は年に30件から40件です。ステントグラフトは胸部、腹部それぞれ10件程度です。

 ―置換術とステントには長所短所がありますか。

 侵襲(体への負担)が少ないという点ではステントが優れています。置換術は開胸、開腹して人工血管を入れなければなりません。ステントは脚の付け根部分を小さく切開する程度で済みます。

 しかしステントは比較的真っすぐな形なので、胸部の下行にはよく使われますが、血管が曲がっている部分などには使いにくい。また、新しい治療法ですから長期予後(今後の病状の医学的な見通し)が大丈夫かどうか、気を付けて診ていかなければなりません。

 置換術は侵襲こそ大きいけれど、それを乗り切った患者さんは憂うことなく一生過ごす人がほとんどです。人工血管は20年、30年は十分持つといわれ、長期予後も安定しています。

 患者さんには置換術とステントの一長一短について必ず説明をしています。

 ―術後、気を付けることは。

 血管の病気を患った人には、高血圧、糖尿病、高脂血症といった基礎疾患があり、そうした疾患のコントロールを継続して行っていただきたい。手術で基礎疾患も治ったと錯覚する方がおられますから。糖尿病なのに「これで酒が飲める」といったふうに。規則正しい生活で体を大事にすることが肝要です。

 ―ご自身はオーストラリアの病院に留学されています。特に印象深かったことは。

 日本人は、手術で体にメスが入ると「傷がついた」と悲観的になる人が多い。向こうでは人工血管の手術後、退院する際に「悪い所を新しいものに取り替え、自分はよみがえった」と前向きな発想の人が多く、国民性の違いに驚きました。

 心臓や大動脈の機能を治す手術を受けた人は、術前より必ずよくなっているんです。退院して自信を持って、また社会に貢献していただきたいです。


病のあらまし

 「大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2006年改訂版)」によると、日本での発症数は、大動脈解離が推定で年間9000人、大動脈瘤が同1万6000人(ともに02年)となっている。

 大動脈は、心臓の左心室から勢いよく送り出された血液がまず通る、体の中で最も太い血管だ。心臓から出て頭の方に向かい(上行)、その後、左後ろ方向に弓のようにカーブしながら(弓部)、頭と腕に血液を送るための枝分かれの動脈を出す。さらに向きを下に変え(下行)、背骨のすぐ前を通って腹部、脚の方へ向かう。

 大動脈の直径は胸部で3センチ、腹部が2センチ。血管の壁は内側から内膜、中膜、外膜の、弾力のある3層構造になっている。この内膜に亀裂が入り、本来1枚であるべき壁が内側と外側の2枚にはがれてしまう疾患が、大動脈解離だ。解離を起こすと、外側の膜が圧力に耐えられず、破裂し即死に至ることがある。

 大動脈瘤は、動脈硬化などで弱くなった大動脈に、こぶのような膨らみができる疾患。胸部の上行、弓部、下行、腹部といろいろな場所にでき、こぶの形で 紡錘 ( ぼうすい ) 状、 嚢 ( のう ) 状などに分類される。破裂すると周囲に血液が噴き出て、胸部大動脈瘤では肺や心臓を押しつぶしてしまう。

 ステントグラフトは1990年代に開発された新しい治療法だ。 鼠径 ( そけい ) 部(脚の付け根部分)の動脈からカテーテルを大動脈まで進め、圧縮・収納していたばね付きの人工血管を入れ込む。ばねの広がる力で瘤の前後の大動脈壁に固定される。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月01日 更新)

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