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第6回 食道がん 岡山大病院消化管外科 猶本良夫科長 手術と化学療法で効果 胃の機能温存にも配慮

 なおもと・よしお 山口大医学部卒、神戸大大学院経営学研究科博士課程修了。国立岩国病院勤務などを経て2003年から岡山大病院消化管外科長。07年から岡山大大学院准教授。日本消化器外科学会専門医。

内視鏡で食道を観察すると、通常の白色光(上)では分かりづらい病変でもNBI(下)画像では粘膜の微細な変化(中央下部)が強調され、早期がんを発見しやすい=猶本科長提供

手術で反回神経麻痺を起こさせないよう技術向上に尽くしている猶本科長

 食道がんは早い段階から転移しやすく、治療の最も難しいがんの一つとされてきた。岡山大病院(岡山市北区鹿田町)消化管外科の猶本良夫科長(同大大学院准教授)は外科手術と化学療法を組み合わせて成績を向上。QOL(生活の質)を重視し、胃の機能を温存する手術法開発にも力を入れている。

 ―食道がんの手術は侵襲(体の負担)が大きく、抗がん剤と放射線治療を併用する化学放射線療法の方がよいと言われた時期もあったようですが、最近は手術の成績が見直されていますね。

 ステージ(病期)がⅡ・Ⅲの患者さんでは、手術と化学放射線療法の成績が同等であるというデータが出され、患者さんが手術から化学放射線療法へ流れた時期がありました。しかし、どの施設でも同じ成績ではなく、手術をたくさん手がけている施設を集計すると、手術の方が化学放射線療法よりも5年生存率が20%程度よいというデータが出ました。

 ―岡山大病院の手術件数は全国の国立大学法人の施設中トップということですが、成績はいかがですか。

 手術を受けた患者さんの5年生存率(2000年以降)は54%で、以前に比べて向上しています。特に全国平均3~5%の手術死亡率(術後30日以内の死亡)が0・7~0・9%と低く、胃がんと同等です。外科だけでなく内科、麻酔科、放射線科、看護部など病院の総合力が発揮された成果だと思います。

 ―手術と化学療法を組み合わせることにより、さらに成績が向上しているそうですね。

 手術単独よりも術後に化学療法を加えると予後を10%程度改善するというデータがありましたが、術前に化学療法を加えて手術した場合、術後化学療法よりさらに20%程度よいことが分かってきました。いろんな部位に飛んでいるがんが芽吹かないうちに抗がん剤でたたいておけば、術後に体が弱ってがんが一気に広がるのを防げるだろうと考えられます。欧米でも術前化学療法を重視しています。

 通常はシスプラチンと5―FUの抗がん剤治療を2コース受けていただきます。リンパ節への転移の程度や腎機能、年齢など一人一人の患者さんの状態によって判断します。

 ―がんを正確に診断するには、NBI(狭帯域光観察)による内視鏡検査が有用ということですが。

 NBIは特定の波長の光を強調し、食道の微細な血管の構造を観察できます。病変ががんであるかどうか、どれくらい深く粘膜に入り込んでいるかが分かりやすくなりました。

 ―核医学診断の PET ( ペット ) (陽電子放射断層撮影)も効果を発揮しているそうですが。

 PETはがんの存在と転移の有無、抗がん剤や放射線の治療効果確認、再発の診断―という三つの主な役割があります。食道がんは全身のリンパ節や肺、肝臓、骨などに再発しますが、早期に再発を見つければ治る患者さんが出てきました。以前では考えられないことで、PETによる早期発見の成果です。

 ―手術に伴って声が出にくくなったり、食事が困難になる合併症も心配です。QOL向上にどう取り組んでいますか。

 食道に接する反回神経(声帯を動かす筋肉をつかさどる)が 麻痺 ( まひ ) すると、 嗄声 ( させい ) (枯れ声)や 誤嚥 ( ごえん ) が起きます。通常4割くらいの頻度とされていますが、われわれの患者さんは15%くらいです。反回神経に直接触らないよう、細心の注意を払い、周りのリンパ節をきれいに切除します。 頸部 ( けいぶ ) 食道がんでも極力声帯を残すようにしています。

 胃の機能温存にも配慮しています。普通は食道を切除した後、胃をつり上げてつなぎますが、食べ物が逆流したり、ダンピング症候群(急速に小腸へ流れ込むための不快な症状)や体重減少の心配がありました。われわれは胃を残して間に小腸を使ってつなぐ手術法を工夫しています。

 ―今後の治療戦略をどう描きますか。

 内視鏡カメラで見ながらはぎ取るESD(内視鏡的粘膜下層 剥離 ( はくり ) 術)で治せる0期またはⅠ期の一部の段階で発見するのが一番です。飲酒・喫煙の重なるハイリスクの方は、ぜひ検診を受けてください。医師もNBIなどの診断技術を身につけることが必要です。

 QOLを重視し、チーム医療をさらに充実させます。今後の分子標的薬開発も視野に入れ、再発したり、手術できない進行がんであっても、決してあきらめない治療を目指します。


進歩する診断技術

 NBI(Narrow Band Imaging)は特殊フィルターを通じ、白色光の中から血液中のヘモグロビンに吸収されやすい二つの波長帯域(390~445ナノメートル、530~550ナノメートル)を選択的に照射し、粘膜表層の毛細血管や微細模様を鮮明に描出することができる。2006年に内視鏡製品として開発された。

 食道がんでは従来、粘膜に色素をまいて病変を観察していたが、のどやけを起こすなど苦痛を伴う検査だった。NBI内視鏡は胃がんや大腸がんの早期発見にも効果が期待されている。

 PET(Positron Emission Tomography)はポジトロン(陽電子)を発する薬剤を注射または吸入し、体内から放出される放射線の分布を装置で検出、撮影する。

 がん診断には通常、ブドウ糖と同様に細胞に取り込まれるF―FDG(フルオロデオキシグルコース)が注射される。F―FDGはがん細胞に強く集積して光り、良性、悪性の 腫瘍 ( しゅよう ) 鑑別に役立つ。全身が撮影できるため、どこに転移するか分からない食道がんで特に効果を発揮する。

 PETとCT(コンピューター断層撮影)を組み合わせれば、がんの存在とともに立体的な「かたち」を観察することもできる。

 猶本科長らのデータでは、再発診断にPET―CTを導入した結果、以前に比べ明らかに再発後の患者生存率が向上している。

 F―FDGを取り込みにくい部位のがんや小さな病巣では、PETで検出できない場合もある。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月22日 更新)

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