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第7回 人工関節(MIS) 岡山労災病院人工関節センター 難波良文センター長  小さく切開 筋肉も温存 ナビ導入で正確さ向上

 なんば・よしふみ 岡山大医学部卒。岡山済生会総合病院など経て1999年から岡山労災病院に勤務、2006年から人工関節センター長。42歳。

人工膝関節(模型・上)と人工股関節

 先端医療技術の一つである人工関節の分野で、術後の痛みを大幅に軽減する 最小 ( さいしょう ) 侵襲 ( しんしゅう ) 手術 ( しゅじゅつ ) (MIS)が日本でも身近になってきた。舌をかみそうなこの手術、一体どんなものなのか。岡山労災病院(岡山市南区築港緑町)の難波良文・人工関節センター長に聞いた。

 ―センターでは年間どのくらいの人が手術を受けていますか。

 現在、年間300件以上の人工関節を手掛けていますが、ざっと9割をMISで対応しています。MISによる手術は、傷口が従来の半分以下で済み、筋肉も温存できるのが大きなメリット。私自身、2006年に人工関節センターを立ち上げて以来の症例数は1千を超えました。

 夜も眠れない痛みのせいでしょう、終始しかめっ面だった患者さんが術後数日で笑顔であいさつしてくれる。この瞬間が何にも代え難いですね。四国や九州など県外からの来院者も増えています。

 ―小さな切開でそれよりも大きな人工関節を埋め込むとなると、きちんと手術できるのか? 患者サイドは不安にもなります。

 確かにそういった疑問はあるでしょうね。視野が狭くなった中で複雑な構造の関節部にきちんと取り付けていかなければならないわけですから…。MISについては、医師にもそれなりの技術と経験が要求されます。

 私は大学の恩師の勧めもあって10年ぐらい前から先進地・米国のほか、オーストラリアやタイでトレーニングしてきました。

 日本では認められていませんが、ご遺体にメスを入れさせてもらってMISの模擬手術を行うのです。その時の感覚がベースになっています。

 しかし、もっと大切なのは、実は執刀する前なんです。

 人それぞれ顔が違うように 股 ( こ ) 関節や 膝 ( ひざ ) 関節の形も十人十色。それに人工関節の種類もさまざまですから、患者さんにとって最適な機種やサイズをいかに選択していくか。手術前にきちんと計画していくことが大事です。

 ―具体的にはどのような手順で手術が行われるのですか。

 当院では術前に3次元CT(コンピューター断層撮影)で入念にシミュレーションして最適な大きさを決めます。その上で術中は仮の人工関節を設置してレントゲンを撮り、正しく手術できているかを確認してから本物を入れています。

 もちろん、何が何でもMISというつもりはありません。手術中の無理は絶対に禁物。時には「大きく切る勇気」も必要です。

 ―安全性と正確性を高めるため、3年前からカーナビでおなじみのナビゲーションを導入していますね。

 これを組み合わせると、患部を立体的に映し出したコンピューター画面で手術の進行をリアルタイムで確かめることができます。人工関節を挿入する角度などの調整も容易で難手術にも対応しやすくなりました。誤差は1・5ミリ以内ですね。

 ただ、ミサイルの目的探知という軍事技術を応用したハイテクも、これさえあれば誰にでも手術ができるわけではありません。

 術前の設定が万が一間違っていたり、術中に大きなトラブルが生じたりしたとき、最後は機械よりもやはり人間が頼りです。

 ―技術だけでなく、新たな治療法にも取り組んでいますね。

 昨年4月から国内でもいち早くラージヘッド人工股関節を用いた手術を始めました。従来より 大腿骨 ( だいたいこつ ) の先端部(骨頭)の代わりとなる球形の「ヘッド」が1・5~2倍ぐらい大きいのが特徴です。

 これによって可動範囲が従来の人工関節より30度以上も広がり、股関節を大きく曲げたときに起こりがちな脱臼の予防にも役立っています。

 ―MISは今後も増えるでしょうか。

 一般外科の世界でも、 腹腔 ( ふくくう ) 鏡による内視鏡手術がかなり一般的になってきました。人工関節の分野でもMISによる手術が一般的になるでしょう。

 米国の権威ある医学雑誌の予測データによると、2030年までに膝の人工関節は6倍に膨れ上がるそうです。日本もきっと同じ傾向になると思います。

 その時、郷土の岡山に中四国一の人工関節の一大センターが誕生していたらいいなというのが、私の夢。人工関節は1967年に英国でその有用性が実証されました。ちょうど私が生まれた年なんですよ。



病のあらまし

 日本人に多いとされる関節リウマチや軟骨が擦り減ってひどい場合は歩けなくなる変形性関節症の最終的な治療法として、人工関節置換手術を実施するケースが増えている。

 手術は1960年代に英国で開発された。傷んだ関節部分を取り除き、金属やセラミックなどを精密加工して作った代用物を患部に埋め込んでいく。

 以前は太ももや膝の前面を20センチぐらい切開していたが、近年は小さい傷口で筋肉をなるべく温存していくMIS(Minimally Invasive Surgery=最小侵襲手術)が浸透してきた。

 股関節は10センチ未満、膝の場合でも12センチ程度の切開で済むため、術後の痛みは劇的に緩和された。回復も早く、術後1、2日で一人でトイレに行け、従来の半分以下の2、3週間で退院できる。

 近年では高齢者だけでなく、40、50代の比較的若い世代での手術も増えているが、先進国の米国に比べて取り組みが遅れた日本ではまだ限られた病院でしか受けることができないのが実情だ。

 切開幅が小さくなれば、限られた視野での正確な手術が求められる。患部は構造が複雑なため、変形が進んだ重症患者への適用は難しい。ごくまれに感染や脱臼といった欠点もあるが、患者のQOL(生活の質)との兼ね合いの中で症例数の伸びが見込まれている。

 人工関節の寿命は15~20年が目安。高齢社会の進展に伴って今後はより困難な「再置換手術」(人工関節の入れ替え)を念頭に置いた対応も必要になる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年03月01日 更新)

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