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5 食道静脈瘤 “爆弾”抱え 戦々恐々

食道静脈瘤と闘った岡山労災病院の南3階病棟。久しぶりに訪ねるとナースステーション前にひな人形が飾られていた=2009年3月26日

 肝硬変になると容赦なく、立て続けに怖いことが起こる。

 岡山労災病院(岡山市南区築港緑町)へ入院して一カ月あまり。利尿剤を注射し、おしっこに通ったおかげで腹水は徐々に減り、一〇〇キロを超していた体重は八〇キロ台に戻った。おなかの張りもかなり楽になり、懸案だった胃カメラ検査を受けた。

 「やっぱりありますね。いつ破裂してもおかしくないのが」。谷岡洋亮医師は真顔を向け、食道静脈 瘤 ( りゅう ) の存在を告げた。

 差し入れにいただいた漫画「部長 島耕作」(弘兼憲史著)を手に取った。島部長(現在は社長に上り詰めたそうだ)がカムバック企画を手がけた女性演歌歌手は、全身をがんに侵されながらも大みそかの大舞台に立ち続ける。しかし、ついに食道静脈瘤が破裂し、大吐血に襲われる―。

 肝硬変患者の三大死因の一つ。自分も遠からず、こんな姿で末期を迎えるのだろうか。

 肝臓は血液の臓器。毎分一・五リットルもの血液が流れ込む。健康な肝臓は寒天のように柔らかな弾力があり、つややかなピンク色に輝いている。豊かな血流が支えている。

 ところが激しい炎症により線維化の進んだ肝硬変の肝臓では、血流量が著しく減少する。かちかちにひからびてしまい、血液が流れ込みにくくなってしまうわけだ。

 体は肝臓を 迂回 ( うかい ) する血流ルートを探し始める。 側副 ( そくふく ) 血行路と呼ばれるバイパスが形成され、血管壁の弱い部分は拡張して曲がりくねり、こぶができる。最ももろく、ちょっとした弾みで破裂してしまうこぶは、食道粘膜に生じやすい。

 食べ物がのどを通過するたびに触れる「時限爆弾」。タイマーは何日何時にセットされているか分からない。見舞いに訪れた両親は、いつ破裂するのか、動いても大丈夫なのか、とすっかり顔色が青ざめてしまった。

 現在は破裂を未然に防ぐEVLとEISという治療法が確立している。いずれも胃カメラよりやや太い内視鏡を食道に入れ、EVLはこぶの根本を特殊な輪ゴムで縛って 壊死 ( えし ) させ、EISは硬化剤を注射してこぶや周囲の血管を固めてしまう。

 谷岡医師は私の状態を確認し、EISを選択した。治療中は鎮静剤で眠っているので苦しくないが、治療後はしばらくのどの奥がひりひりする。一週間後に二回目の治療。さらに翌週、効果を確認するための胃カメラ検査。絶食、流動食の繰り返しでまともな食事にありつけない。

 こぶはうまくつぶせたが、再発をチェックするため、三カ月に一度の胃カメラ検査は欠かせない。その上、恐怖はこれでおしまいではなかった。


メモ 

 メドゥーサの頭 肝硬変による側副血行路の形成は全身に及び、食道だけでなく胃やへその周囲、直腸などにも静脈瘤ができやすい。へそを中心に放射状に静脈瘤が浮き出る症状は、医学教科書に「メドゥーサの頭」として載っている。ギリシャ神話の魔物に似ているらしいが、見つめても(多分)石にはならない。直腸に生じた静脈瘤は痔(じ)の出血に結びつく。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年05月11日 更新)

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