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30 レビンチューブ 解放後食事し生実感

エコープローブを操作する吉田医師。退院後、外来診察に切り替わってからの様子だが、肝臓の血流状態を確認している=今年3月27日

 ゾリゾリゾリ。岡山大病院ICU(集中治療室)の奥の院に囲われた「コード人間」は乳棒がこすれる音で目覚める。

 午前6時すぎ、当直の看護師さんは患者ごとに処方された朝の薬をスパーテル(薬さじ)で乳鉢に入れ、すりつぶす。全身麻酔後、消化管の運動が十分に回復していない患者は、鼻から胃へ届くレビンチューブで大事な薬や電解質を流し込む。

 ところが、頭の中を覆っていた霧が徐々に晴れてくると、こいつがつらくてたまらない。ずっとのどに指を突っ込まれているようなしんどさで、始終えずきそうになる。

  肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科の吉田龍一医師は毎朝、8時前にはやって来る。R2―D2(メモ参照)よろしくエコー(超音波検査)装置をお供に連れている。

 腹帯とガーゼをはがし、イソジン消毒液を浸したR2―D2くんのプローブ(探触子)を右脇腹にあてがう。息を止めてじっとしていると、機械語の代わりにザザーというソナー音(本当は耳に聞こえない)を発し、おなかの中で動いている肝臓や血管の姿をリアルタイムで描き出す。

 「順調ですね」。弟にもらった339グラムの肝臓は、見慣れぬ宿主に当惑しながらも、懸命に頑張ってくれているらしい。

 <それはいいんですけど、先生、レビンチューブだけはなんとかなりませんか>

 チューブから胃液やたまったガスを抜き、吐き気を防ぐ効能もあるらしいが、会話できないし、苦しくてたまらない。

 9時前には、診療放射線技師さんがR2―D3よろしく移動式レントゲンを連れてやってくる。看護師さんと一緒に私を持ち上げてカセッテ(フィルムの入った板)に乗せ、ジー、カシャ。毎日、ICU中央に胸のフィルムがつり下げられる。

 普通の手術でも、術後肺炎は最も警戒すべき合併症だ。ましてや免疫抑制剤を飲まなければならない身の上。手術は成功したのに、気づいたときには肺が真っ白―という経過をたどり、何人のレシピエントが命を落としたか分からない。

 撮影後、長じゅばんの病衣を脱がしてもらい、全身 清拭 ( せいしき ) 。もちろん入浴できないから、蒸しタオルに泡スプレーせっけんをつけて、足の指まで念入りにふいてくれる。ガーゼも同時に交換する。

 コード人間の着替えは大変だ。点滴をいったん止め、腕を抜いて新しい病衣に袖を通し、またつなぐ。自分では、どのチューブがどこへつながってるのかさっぱり分からない。

 「もういいかな」。術後4日目の昨年3月23日、吉田先生はレビンチューブから解放してくれた。ありがたいことに食事も再開。スープ状の完全流動食かと思っていたが、新入院棟全面オープンの祝いの 膳 ( ぜん ) で、蒸しサワラのしんじょがおかずについている。

 まだレビンチューブのむかむか感が消え去らないが、だしのうまみがひからびた口を潤してゆく。

 食べることは生きること。生還できたんだ。じーんと食道から胃に染み渡った。

メモ

 R2―D2(アールツー・ディーツー) 映画「スター・ウォーズ」シリーズには高度な知能を持つ多数のロボットが登場し、ドロイド(アンドロイドの略称)と呼ばれる。R2―D2はキャタピラーで移動し、宇宙船の操縦や修理、暗号解読まで任され、感情豊かな設定がファンに愛された。R2―D3も同じ会社が生産したきょうだいで、D2と一緒に宇宙船に乗り組んだ。通訳したり、医療に携わるドロイドもいる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年11月30日 更新)

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