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第14回 慈圭病院 堀井茂男院長 開かれた病院目指して

堀井茂男院長

 慈圭病院は精神障害者に対する積極的治療と社会復帰を掲げ、1952年に開院した。当時は精神障害者に対する理解が進まず社会生活が困難だった時代。病棟の開放化や地域との交流、新薬を導入した薬物療法などで岡山県内の精神科医療の底上げを図ってきた。「心のケア」への社会的関心が高まる中、多様な患者へ対応しつつ、地域で暮らせない社会的入院の解消にも取り組んでいる。

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堀井茂男院長

 病院が設立されたころは隔離目的の治療が多かった時代で、「わが子でも安心して任すことのできる精神科病院」を理念に、精神科医らが財団法人をつくり開設しました。

 守るべき五大基本原則に、慈愛の医療、最先端の精神科医療、最高水準の医療倫理、積極的な地域貢献、チャレンジ精神―を掲げています。岡山大との共同研究や保健所への医師派遣など進め、精神科医療のリーダー的存在であると自負しています。

 近隣農家の田植えを手伝うなど、地域との交流で開かれた病院を早くから目指してきました。院内では開放管理を進め、開院十年後の一九六二年に自由に外と行き来できる完全開放病棟を他病院に先駆けて造りました。

 社会復帰に向けては救護施設の浦安荘を七六年に開設。退院に重要な役割を果たす精神科ソーシャルワーカー(PSW)が現在十六人、作業療法士も十九人います。これだけいる病院は全国的にも珍しく、社会的入院の解消にも努めています。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2008年05月13日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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