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臓器移植の行方 改正A案衆院可決(下)  岡山大大学院 粟屋剛教授に聞く

粟屋剛教授

 ―提出された4案のうち、最も条件が緩和されたA案が衆院で可決された。

 「正直、A案がいきなり可決されるとは思っていなかった。驚いている。生命倫理の視点からは『誰も臓器をもらう権利はないし、誰も臓器を提供する義務はない』というのが移植医療の大前提であるべきなのに、A案では、この前提が崩れる可能性がある。とても国民の大多数の意思を反映しているとは思えない」

 ―A案は、脳死は「一般に人の死」と定義している。

 「1997年に臓器移植法が施行され、2009年5月末までに脳死下での臓器提供は81例あった。脳死状態になると通常、1、2週間で心停止に至るが、長期間、血液循環を保って心停止しない例が報告されるなど、これまでも『脳死=人の死』を疑わせるさまざまなデータが日本でも外国でも出ている。きちんと検証すべきだ」

 ―A案は、本人が生前に拒否しなければ家族の同意で臓器提供が可能になる。

 「移植を待つ患者が提供者が少なく困っているのはよく分かる。だからといって、提供意思のない人から臓器を提供させていいとは言えないだろう。臓器を提供したい人にとってA案は理論上、ドナーカードも必要なく、手間が省けて問題はない。だが関心のない人や結論を出しかねている人にも『提供するか、しないか』の意思表示を強制することになる。はっきりさせておかないと、臓器提供させられてしまう可能性があるからだ。そもそも本人が生前に拒否していない限り臓器摘出を可能とする方式は、移植に対する高度なコンセンサスがある社会でしか通用せず、残念ながらそれは日本にはまだない」

 ―現行法で15歳以上だった提供可能年齢の制限を撤廃しているA案は、子どもの臓器移植に道を開くことにもなる。

 「A案は、子どもを含めた臓器提供者をいかに増やすかという視点から提案された。問題は、親に子どもの臓器摘出を決める権限があるのか、ということだ。親権者が自分の子どもだからといって、その体を自由にできる法的、倫理的根拠はない」

 ―今後、私たちは移植医療とどう向き合うべきか。

 「これまでの移植医療は限定的で、多くの人は移植と無縁に生きてきた。しかし、A案での法改正が行われるなら、国民全体が巻き込まれることになるだろう。移植が増えれば増えるほど、人体は利用価値のある『医療資源』であると正面から言わざるを得なくなっていく。今、私たちの生命観や身体観、ひいては価値観や倫理観が変容を迫られている。その事実をまずは直視する必要がある」

 
 あわや・つよし 徳山大経済学部教授などを経て、2002年4月から現職。専門は生命倫理・医事法。02年11月から日本生命倫理学会理事。九州大理学部、法学部卒。山口県美祢市出身。58歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年06月22日 更新)

タグ: 岡山大学病院

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