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第18回 統合失調症 慈圭病院 武田俊彦副院長 前駆段階から積極治療 リハビリで生活圏拡大

 たけだ・としひこ 1989年岡山大大学院卒。神戸西市民病院勤務を経て93年から慈圭病院勤務。日本精神神経学会指導医、日本臨床精神神経薬理学会専門医。

病のあらまし・グラフ

 かつて進行性で予後不良の心の病と誤解されていた統合失調症は、適切な治療によって回復し、「治る」病気となった。慈圭病院(岡山市南区浦安本町)の武田俊彦副院長は発病の兆候を早期発見し、早期治療に取り組む。リハビリの重要性についてもうかがった。

 ―「アットリスク精神状態(危険な精神状態)」という段階に注目されていますね。

 精神病まで至っていない軽症の症状が出ている時期です。「ウルトラハイリスク」とも呼びます。短時間の幻覚体験▽被害妄想まで至っていない一過性の被害念慮▽時々生じるまとまりのない思考―という三つの異常のうち、どれかが出ていればアットリスクに入ります。統合失調症の前駆段階とも考えられ、診断から9カ月間に約40%の患者さんが精神病へ進行します。

 早期発見・早期治療により、症状を早く軽減して社会生活に復帰できる▽統合失調症へ進行するのを防ぐ▽脳の器質的変化を遅らせる、あるいは停止させる―などの可能性があります。アットリスク段階から積極的に治療した方がよいのです。

 ―周囲がどんなサインに気づいてあげればよいでしょうか。

 学校を休み始める▽会社へ行けなくなる▽自宅でも休息できない▽日ごろ楽しいことが楽しめない―といった社会不適応で発見されます。本人ははっきり病識が持てないことが多いので、ご家族がある程度判断してあげることが必要です。問題があると思ったら、ご家族だけでも精神科へ相談に来ていただくのがよいと思います。学童の場合、先生は第三者的に判断し、よく気づくと思います。学校のカウンセリングを利用していただくのもよいでしょう。

 ―「第2世代」の抗精神病薬が広まっていますが、従来薬と比べて効果や副作用はどう違いますか。

 有効性は従来薬と同等かそれ以上です。特に陰性症状を改善する効果は従来薬より強いと言われています。さらに副作用の錐体(すいたい)外路(がいろ)症状が非常に少ない。これが一番のメリットです。最近では、認知機能障害を改善するのではないかと言われています。まだ証拠が十分そろっていませんが、神経保護作用が働き、急性期に脳が損傷を受けるのを止める作用があるとみられています。

 第2世代薬には筋肉注射するデポ剤(持効性注射剤)、液剤、口の中で溶ける口腔(こうくう)内崩壊錠などいろんな剤形があり、患者さんの好みで選べます。従来薬に比べると適応範囲も広がりましたが、個人差があるので、残念ながらすべての患者さんにというわけにはいきません。

 ―先生はデポ剤を積極的に処方されていますね。

 デポ剤は毎日の服薬から解放され、薬剤管理もしなくていい。ご家族にとっても、飲んだかどうか確認しなくてよくなります。注射間隔は薬によって2〜3週間または4〜6週間の幅があり、服薬にかかわるいろんな制約から解放されるので、自由度の高い治療ができます。新しいことにチャレンジしたい人、飲み薬は面倒で忘れがちだという人にお勧めできます。断薬で再入院を繰り返していたのに、デポ剤にしてから全く入院しなくなった人もおられます。

 ―薬物療法と並行してリハビリをやる方がよいのですか。

 治療は薬物療法と精神療法、リハビリが大きな柱です。リハビリには、社会に帰ってレベルアップした生活を送るための学習とともに、病状を安定化させる目的があります。薬物療法は薬を飲まなくなったら効果がなくなります。リハビリは獲得性のある治療です。一定期間学習することで効果が永続します。

 何を獲得するかというと、一つは「対処空間」=症状が悪化しない生活圏です。個々の患者さんが耐えられるストレスの限界域、それを超えると対処できなくなるというギリギリのところを、本人と主治医が相談して決めていきます。その中でのびのびと生活していただけば再発しにくい。本人の希望に沿って、どれだけ対処空間を広げていけるかが、リハビリの目指す方向性になります。

 そのためには最適化された薬物療法が必要です。薬が多すぎても副作用が出てしまいますし、少なすぎてももちろんダメ。その人の症状、再発しやすさ、活動状況に適した薬物療法を組み合わせることです。

 もう一つは、生活に必要な知識、技能、知恵を身につけてもらうこと。知識は病気に対する情報、薬について、施設の使い方、料理のレシピなど、文字化された情報が主体です。技能は明文化しにくく、体験するもの。料理する、会話するように、実際にやって学習するもの。いわゆるスキルです。

 知恵も大切です。患者さんが自尊心を回復していくのは一人ではなかなか難しく、自助組織や集団で初めて獲得できるものがあります。同じ病気を持っているにもかかわらず、仕事をして生き生きと生きている姿を見ると、癒やされたり、勇気をもらったり、偏見に打ち勝つ力も得られます。

 ―本人が参加するのはもちろんですが、家族も一緒に学んでもらうのがよいのではないでしょうか。

 家族は重要な環境因子で、大きな影響があります。家族自身が疲れ果てないように、健康であることが必要です。家族会も役立ちます。ご家族にとって、知識や技能、知恵が得られるだけでなく、それ自体が癒やしの場になります。病院にも精神保健福祉士などいろんな職種の職員がいますので、相談していただいて、抱え込まないことが大切ですね。


 病のあらまし


 統合失調症は脳の病気であり、何らかの原因によって神経伝達物質であるドーパミンやセロトニンのバランスが崩れて発症すると考えられている。世界的に0.7〜1.0%の発病率で、日本でも約100万人の患者がいると推定され、決してまれな病気ではない。多くは思春期から青年期に発病する。

 症状は「陽性症状」と「陰性症状」に大別される。陽性症状は幻聴・幻覚、妄想など、本来あるはずのないものが現れ、筋の通った会話ができなくなる。陰性症状は本来あるべき機能が低下する症状で、喜怒哀楽の感情が表出されなくなり、表情が平板化する。意欲が低下し、身の回りにも無関心になり、しばしば自閉傾向に陥る。また、注意を集中したり、覚えたりすることが困難になるなど、認知機能障害も生じる。いずれも治療で回復する。

 典型的な経過をたどると、症状が顕在化していない前兆期(前駆期)を経て、陽性症状が強く現れる急性期、活動性が低下して陰性症状が中心になる休息期(消耗期)へ移行。症状が治まっていく回復期を迎える。休息期や回復期に過重なストレスにさらされたり、治療を中断すると再発し、急性期へ逆戻りする。

 武田副院長らは、アットリスク精神状態(ウルトラハイリスク)の患者群と、初発統合失調症と診断された患者群の治療反応性を比較。主に第2世代抗精神病薬による治療を行い、社会生活機能の全体的評定(GAF)の尺度(最高に機能して何も症状がない=100)で、4週および8週目の治療効果は前者の方が有意に高いことを明らかにした=グラフ参照

 抗精神病薬による代表的な副作用である錐体外路症状も、後者の患者は一過性にせよ71%に出現したのに対し、前者はゼロ。武田副院長は、ウルトラハイリスク段階で治療すれば、少用量の薬で早い改善が見られると考察している。

 錐体外路は運動の滑らかさを調節する神経系で、副作用でうまく機能しなくなると、細かな動作がしにくい▽体の動きが遅くなる▽手が震える―などの症状が出る。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月24日 更新)

タグ: 健康精神疾患慈圭病院

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