文字 

第23回 乳がん おおもと病院 山本泰久理事長・名誉院長 早期発見へデジタル画 年齢、生活考え治療計画

 やまもと・やすひさ 1955年岡山大医学部卒。同学部付属病院総病棟医長を経て77年におおもと病院を開設、院長就任。2007年から理事長・名誉院長。日本乳癌学会乳腺専門医。日本対がん協会会長表彰、山陽新聞賞、保健文化賞など受賞。

デジタルマンモグラフィーや最新の超音波検査装置などによる画像診断が始まり、早期乳がんがより高い精度で発見できると期待されている

 乳がんを早期発見する検査法、根治を目指す治療法は日進月歩。おおもと病院(岡山市北区大元)の山本泰久理事長・名誉院長は、長年の経験による確かな外科手術と最新の検査・診断技術を組み合わせ、常に患者一人一人に最善の治療計画を考えている。

 ―今年5月から院内の画像診断をデジタル化し、マンモグラフィーもデジタルになったそうですが、どんなメリットがありますか。

 百聞は一見にしかずで、画像を見ていただけば分かります。今までは拡大鏡で探していた早期乳がん発見のきっかけとなる石灰化像も、特殊なソフトによって瞬時に検索できるようになりました。超音波検査装置も、腫瘤(しゅりゅう)の硬度によって良性、悪性を診断するのに利用できたり、石灰化像を見つけやすくする特殊なフィルターを備えた機種を導入しました。最新の機器に過去の経験を加味し、早期乳がんの発見に役立つと期待しています。

 ―乳がんの疑いがあれば穿刺(せんし)組織診の精密検査を受けることになりますが、どんなことを調べるのですか。

 超音波で腫瘤を見ながら、局所麻酔で針を刺していきます。鉛筆の芯くらいの組織を採取し、がんの組織学的悪性度、女性ホルモンの依存性、ハーセプチン(分子標的薬)が効くかどうかなど、あらかじめ診断できます。手術前にはマルチスライスCT(コンピューター断層撮影)をします。肺、肝臓、脊椎(せきつい)への転移の有無を確認すると同時に、腫瘤の位置、周囲への広がり、腋窩(えきか)リンパ節の状態などが分かります。

 ―乳房切除手術か温存手術かはどう判断しておられますか。

 腫瘍(しゅよう)の大きさと発生した部位によります。大きさが3センチを超える広範囲の石灰化像など、マンモグラフィーで見られるようながんの広がりがある場合は、乳房切除が勧められます。65歳以上の患者さんには無理な温存手術は勧めません。安心して生活できるよう、全摘手術を受けた方がよいと考えています。

 術後に手が腫れることがあると言われますが、当院は年間約200人手術して1人あるかどうかです。大きい手術でも小さい手術でも同じで、細い知覚神経が走っている場所は分かっていますから、神経をちゃんと保存して手術すれば大丈夫です。術後のリハビリも大切です。

 ―見張りリンパ節(センチネルリンパ節)の生検はどんな場合に行いますか。

 温存手術では100%、乳房切除手術でも1割くらいはセンチネル生検をします。転移があるかどうか疑わしいとき、手術の直前に乳輪の皮内に色素を注入し、最初に色素が流入しているリンパ節を摘出して検査します。そこに転移がなければ、郭清(かくせい)(周辺のリンパ節をすべて切除する)を省略できると考えられています。

 ―術後はホルモン療法を受けた方がよいのでしょうか。

 乳がんの約6割は女性ホルモンの刺激で増殖する性質を持っています。摘出した腫瘍を特殊な染色をしてその性質を確認した後、必要であれば抗ホルモン剤を投与することになります。

 おとなしいがんで、手術できちんとがんが取れていれば、ホルモン療法はいらないと思います。特にこれから子どもを産む20代後半や30代前半の患者さんであれば、ホルモン療法によって老化が進んだり、精神的にも影響が出ることがあります。閉経期から後も副作用や老化を感じることがあります。患者さん一人一人のことを大事に考えています。

 小さながんだから安心だとは言えません。ある患者さんは1センチ以下の腫瘤を完全に取って、リンパ節転移もなかったので、抗ホルモン剤だけ服用してもらったんですが、1年半くらいで肝臓に出てきました。小さながんでも悪性度が高い場合、ふさわしい抗がん剤を使わなければならないケースがあります。

 さまざまな薬が組み合わされて投与されます。多くの薬は脱毛、吐き気、全身倦怠(けんたい)感などのつらい副作用がありますが、最近は副作用に対する治療も発達してきました。悪性度が高い乳がんの再発率は6割くらいあり、8年から10年くらいたって再発することがあるのは恐ろしいことです。

 ―術後の放射線治療は必要ですか。

 病理検査でがんの広がりが切除面に近い患者さんには全員、40歳以下の患者さんにもほぼ全員勧めています。しかし、きちんとがんが取り切れたのなら、しない方がよいです。放射線治療は確実に皮膚や乳房関連の組織が痛んでしびれ感が出ます。一種のやけどですね。治るのに3年くらいかかります。

 大切なのは早期発見。元のがんの性質がおとなしいかどうかにもよりますが、せめて去年見つかったらよかったのにと思うこともあります。早期発見に勝る治療はないと言えます。若い人の乳がんは次のがんができるリスクも高いのです。

 ―全身病である乳がんは患者とも長い付き合いになります。先生は現在も毎日、外来診察し、手術室にも入られますね。

 乳がんの患者さんとは岡山大病院時代から50年、おおもと病院開設以来30年以上お付き合いしています。私のように長く患者さんとお付き合いできる医者を見つけるのもよいかもしれません。当院には50歳前後の優秀な専門医がいます。

 乳がん手術後に結婚したり、子どもを持った方もけっこういらっしゃいます。家族が増えたような気がしてうれしいですね。


病のあらまし


 デジタルマンモグラフィーの空間分解能(近接した2点を見分けられる限界の距離)は85マイクロメートル(1マイクロメートル=1000分の1ミリ)程度でアナログフィルムには及ばないが、現像が必要ないため、撮影後1分程度で処理画像がモニターに表示される。

 術後ホルモン療法を受ける場合、閉経前か後かによって投与するホルモン剤は異なる。閉経前の場合は女性ホルモンが腫瘍細胞に作用する部位でブロックする薬を投与し、さらに女性ホルモンの分泌を抑える皮下注射を月1回行う場合もある。閉経後で卵巣からの女性ホルモンの分泌がなくなった患者には、副腎からできた男性ホルモンを女性ホルモンに変換する酵素をブロックする薬を投与する。比較的副作用は少ないが、閉経前の薬では更年期障害のようなほてりや発汗などがある。非常にまれだが注意すべき副作用として、血栓を形成して脳梗塞(こうそく)を招いたり、子宮体がんを起こすことがある。閉経後の薬には朝の手のこわばり、関節の痛みのほかに、骨密度の減少を招き、骨粗しょう症のリスクを増大させることもある。

 ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)は増殖の速い乳がん細胞の表面にあるHER2という受容体タンパク質に結合し、増殖を阻害する分子標的薬。HER2タンパク量がたくさんあるか遺伝子量が多い場合に治療適応となる。



 =連載おわり
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年07月19日 更新)

タグ: がん女性おおもと病院

ページトップへ

ページトップへ