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(3)日本の精神療法 慈圭病院 堀井茂男院長(63)

無念無想―静かに坐る堀井医師(右)=人間禅中国道場

薬に偏らず、心をケア
悩み、惑う人に生きる援助


 人間禅中国道場。岡山市中区円山216の8にあり、在家禅を目指す。堀井は精神科医として地域医療に生き、ここで禅の修行に励む。「気持ちが充実し、さわやかです」。淡々にしてあるがままの境地。「何も考えない」。忘我、無心、無我。

 この1週間、入院外来で約150人の患者を診察した。統合失調症、アルコール依存症、うつ病など心を病む人たちの話を聞き、施療施薬。管理職として病院の会議に出、週末の午後6時過ぎ、白衣を作務衣(さむえ)に着替え道場に坐(すわ)る。

 今、堀井はうつ病、アルコール依存症、神経症、不安症などの軽減、解消に効果がある内観療法、森田療法に取り組む。薬に偏らず、仏教など日本の文化を土壌に生まれた精神療法。中国にも広まっている。

 1973年、岡大精神科に入局してまもなくだった。指導役の洲脇寛(後に香川医大教授)から「君の研究テーマとして内観療法、森田療法に取り組んではどうか」と言われた。文献を読むと神経質を乗り越える森田療法は禅に通じていた。基本はとらわれから脱却しあるがままの行動をする。行動が自分を変える。不安をそのままにして人に役立つこと、意義あることをして乗り越える。77年、生活の発見会集談会を岡山で開いた。「自分の神経質はこんなんで困っている」と患者が生活事例を話し、他の患者が自分が体験した対処法を話す。こうして、とらわれの淘汰(とうた)法を身に付けていく。経過を見て治療効果を確信、臨床に活用していった。

 内観療法は浄土真宗の身調べを応用した自己啓発の精神療法。岡大精神科の奥村二吉教授が臨床導入した。洗いざらい自分の過去を調べる。集中内観は1週間、朝6時から夜9時まで、畳半畳を屏風(びょうぶ)で囲い、壁に向かい座る。自分が母親に何をしてもらったか、何をして返したか、どんな迷惑をかけたか―2時間おき医師へ報告。自分が悪かったと反省、愛されている自分、感謝の気持ちが起こり、行動で愛を返す努力が目に見えるようになる。「患者は内観し、報告を受ける医師が良き理解者となって治療は進展する」。87年、博士論文「アルコール依存症者の内観療法」をまとめた。

 「内観療法は精神科医に導かれ、生かされている自分、報恩の心へとたどり着く。他力的だ。森田療法は行動することによって自立、克己する。自力的、禅的だ」

 二つを統合して「あせらず」「あわてず」「あきらめず」「あるがままに」「ありがとう」。五つの「あ」精神法を提唱している。「今を生きる人はさまざまな悩み、惑(まど)いがある。その悩みに的確に判断しその人らしく生きる援助をするのが日本の精神療法だ」

 精神神経薬理学が発達し治療は薬物療法が主流。興奮するとアドレナリン系が活発化。抑うつ状態はセロトニンが減少。幻覚、妄想はドーパミンが増える。「心の動きと神経伝達物質の関係が明らかになり薬の効用がはっきりしつつある。しかし、患者の悩みを聞き、アドバイスするには生き方に触れる、心の琴線に響く日本の精神療法が役立つ。患者、医師の信頼関係ができ治療が進む」

 精神科医は自分の一言が患者の心と行動を左右する重さを知っている。それだけに治療する自分、医師たる自己の心の糧を求めたのか。戦後、岡山市内の国清寺、少林寺などへ参禅する精神科医が多くいた。比叡山の葉上照澄師の法話を聞く人たちもいた。中でも、慈圭病院は故大重彌吉院長、山陽新聞論説主幹を退職、病院の財団法人専務理事に就任した故小野嘉夫はともに人間禅道場師家となった大先達。医学部2年生の時、生化学の水原舜爾教授に勧められ坐禅を始めた堀井は30代後半から大重について一層禅に励み、今その法脈を継がんとしている。

 自己の心を磨き、人の心を診(み)てもう40年になる。 (敬称略)

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 ほりい・しげお 高松高、岡大医学部卒。久里浜病院を経て岡山大学病院に勤務、医局長、講師。86年から慈圭病院に勤務、2007年院長。岡山いのちの電話協会長。岡大臨床教授。趣味は仏像鑑賞、ゴルフ。

 精神科の治療 抗うつ剤などを服用する薬物療法は新薬が登場し地域移行促進へ前進している。精神療法として森田療法、内観療法、認知(行動)療法などがある。作業(生活、リハビリテーション)療法は園芸、レクリエーションを通して治療、社会適応が進む。

 森田療法 森田正馬慈恵医大教授が考案した神経症の治療法。独り寝て不安と相対、葛藤(かっとう)。やがて退屈感を覚え、軽作業で自然と親しむ。中、重作業で畑を耕し汗を流す。この過程をへて不安を淘汰、行動で自立する。


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 外来予約 堀井医師の新患外来は火曜日午前中。外来は原則予約(電話086―262―1191)。物忘れ外来(水曜日午後)、メンタルヘルス外来(同)、アルコール外来(火、金曜日午後)。

慈圭病院

岡山市南区浦安本町100の2

メールアドレス

hospital@zikei.or.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年09月06日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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