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ICU 岡山大学病院

チームワークが身上のICUスタッフ。真剣な表情でカンファレンスが続く=中央診療棟

「咽頭冷却カフ」と呼ばれる装置。のどの奥に挿入する

武田吉正・麻酔科蘇生科講師

国内のパイオニア 歴史刻み40年
臓器移植手術支える


 〈内科系、外科系を問わず、呼吸・循環・代謝その他の重篤な急性機能不全の患者を収容し、強力かつ集中的に治療を行う〉のが、ICU(集中治療室)の定義という。改正臓器移植法施行後、国内では脳死移植の症例が相次いでいるが、その成功にはメスを入れる外科医だけでなく、患者の容体を術前から術後にわたって全身管理するICUスタッフが欠かせない。移植手術を“裏方”として支える現場はどんな様子なのか―。国内のパイオニアとして、約40年の歴史を刻む岡山大学病院を訪ねた。

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 だだっ広い室内では、高度な生命維持装置をはじめとするさまざまな医療機器が電子音を重奏しながら稼働し、点滴やチューブ類が絡まったベッドサイドを医師や看護師が忙しく立ち回る。

 患者の血圧や心電図は常時モニターされており、少しでも異常があるとけたたましくアラームが鳴る……。

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 手術室に隣接した中央診療棟のICU。8時間近くに及ぶ脳死肺移植手術を終えたばかりの20代の男性患者が仲間入りしたのは、夏も盛りの8月10日の午後4時過ぎだった。

 生前に本人が拒否していなければ家族の承諾で脳死での臓器提供が可能になった改正臓器移植法の施行(7月17日)後、全国で初めての適用例として注目された手術も、術前から術後の管理がうまくいかなければ成功とはいえない。

 患者には人工呼吸器が装着されている。ベッドサイドの点滴棒には薬液量を調整するシリンジポンプや輸液ポンプが次々に垂れ下がった。感染症予防のため、外気が入り込まないよう、患者の室内を陽圧に設定。天井からはシューシューときれいな空気が吹き出す音がする。

 いよいよ、24時間体制での治療とケアが始まった-。

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 「術後の数日間が勝負です」と、ICUを統括する集中治療部の片山浩副部長(56)は言う。最初の症例を振り返りながら、麻酔科医が行った治療の実際を、具体的に説明してくれた。

 肺を移植した患者の場合、まずは血液の酸素化を助けるために人工呼吸器をつなぐ時に一酸化窒素の吸入を併用する。これは肺の動脈を拡張して循環を安定させるためだ。

 手術室からの移動に伴うドタバタが一息つくと、後は外科医らとも連係しながらの切れ目のない監視が続く。

 患者の呼吸回数や血液中に含まれる酸素、二酸化炭素などの量をこまめにチェックしながら、患者の自然治癒力の回復に合わせて人工呼吸器の設定や薬剤量の調整を小刻みに繰り返す。調整は日に最低でも10回以上。刻々と変わる数値に全神経を集中させる。

 幸い、患者は2日目には一酸化窒素を吸入する必要がなくなって容体も安定。1週間後、無事に一般病棟に移ることができた。

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 改正法の施行後、国内での脳死移植手術が急増している。岡山大学病院でも予想を上回るペースで手術を実施。患者の術前から術中、術後までの全身管理は麻酔科医を中心に場数を踏んだICUスタッフが受け持っている。

 ICUの定義にあるように、その際一貫して主導的な立場にある麻酔科医には内科・外科を問わない各種疾病の幅広い知識が必要で、それは感染症や栄養管理面にも及ぶ。

 「スペシャリストよりも、広く、浅くのゼネラリストが求められる」と切り出して、片山副部長はこう言葉を継いだ。「人間の体はもともと一つ。院内の診療科のように臓器別に分かれているわけではないですからね」

 医療者自らが人体に垣根を作ってはいないか-。こう自問するたび、麻酔科医は進んで「各診療科の“接着剤”の役割を果たさなければならない」と強く思うという。

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脳低温療法(咽頭いんとう冷却)  ■脳温、効率よく下げる

 頭部の外傷やくも膜下出血などの際、患者の脳を保護するためには人為的に脳の温度を下げなければならないが、全身を冷やす現在の脳低温療法では6〜8時間かかる。

 「もし、頭部だけを冷却できれば…」との観点から研究を進めているのが咽頭冷却の新技術で、これだと約2時間に短縮できる。

 のどに沿って脳に血液を送る総頸動脈が走行しており、この部位を集中的に冷やせば脳温も効率よく下げられるという理屈だ。

 私たち脳虚血の研究スタッフは咽頭内に入れる塩化ビニル製の袋と、5度の冷却水を流す装置を5年がかりで開発。のどの形状を最新のCT(コンピューター断層撮影装置)で3次元解析し、冷却水の流れはスーパーコンピューターでシミュレーションした。

 既に国際特許も取得しており、これまでに全国13の救命救急センターで使用され、その有用性が確認されている。 (武田吉正・麻酔科蘇生科講師)

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概  要

 麻酔科蘇生科の初代主任教授を務めた小坂二度見氏(故人・元岡山大学長)の旗ふりで、国内でも草創期の1971(昭和46)年に6床でスタートした。

 刀折れ、矢尽きるまで、とことん患者に寄り添うというのが、開設以来の診療方針。疾病の分野に関係なく、重症患者の治療、ケアに当たっている。

 全般的な疾患を扱う「ジェネラルICU」は現在、中央診療棟の10床(オープンフロア)に、2008年に新築した入院棟内の12床(個室)を加えた計22床に拡充され、年間1400人前後の患者を収容している。

 患者の内訳は肺・肝臓・腎移植をはじめ、心臓や脳外科の術後患者が約9割。他は病状の急変などに伴ういわば“院内救急”。内科系の患者は約6%とわずかだが、劇症肝炎など重篤な場合が多い。

 スタッフは手厚く約40人の麻酔科医と総勢で100人近くの看護師がかかわる。必要に応じて臨床工学技士や理学療法士らも加わり、国内有数の充実した施設と布陣を誇る。

 近年は病態に応じてICUも細分化され、岡山大学病院でも早産の新生児や先天性心疾患などを対象とした新しい施設が続々と立ち上がっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年11月01日 更新)

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