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(8)胃がん手術 医療法人天声会・おおもと病院 磯崎 博司院長(62)

仕事だけでなく、趣味でも多彩な顔を持つ磯崎院長。旺盛な好奇心が活力の源という

 「腹で分かる」とでも言うのだろうか。その鮮やかな手技から職人にも例えられる外科医の世界では、経験を積み重ねることでしか会得できない感性があるという。

 「失礼を顧みず先生の後ろから肩越しに手術を見せてもらうんです。自分も執刀しているつもりでね。始める直前の一呼吸からメスを運ぶ勢い、全体を貫く流れるようなリズム…。すべて術前からイメージできている」

 今しがた手術を終えたばかりのような面持ちで、磯崎は30代半ばのころを振り返る。この、うぶ毛のような繊細さはその場にいないと分からないらしい。

 頭で分かることは、たかが知れている。

 「先生」というのは大阪医科大にいた時の恩師である岡島邦雄教授(当時)。胃がんの大家として知られた人で、磯崎は「繰り返し繰り返し手術をともにすることで至芸に触れ、高みを目指していった」という。

 指導は厳しかった。

 もたもたした助手がいようものなら、術中でもかまわず怒鳴り声が飛ぶ。昔かたぎで口で説明することはまずない。「でも、それが僕にはよかった。雷おやじへの負けん気がむくむく湧いてきて…。この時からでしょうね。一生やっていける自信がついたのは」

 胃がんの手術だけでも軽く千を超える練達の士である磯崎にも、現実の酸味を知らされる長い時期があった。

 「自分のような未熟な者が人さまの命を預かっていいのか」

 駆け出しから10年近くは不安と焦燥の日々が続いた。そんな身もだえする心に一筋の光が差し込んだのがこの時、人生の分水嶺(れい)ともいえた。

 ここから、大きく道が開けていった。

 40歳の誕生日を挟んだ仏・パリ大学への1年間の留学は、医師としての器をひと回り大きくした。かの地で学んだのは何と脳死肝移植。胃がん手術で培った確かな腕を買われ、約50例を手掛けた。拒絶反応や、肝臓に血液が流れない状態になる肝阻血の実験研究にも没頭した。

 濃密な時間は帰国後も続く。専門の消化器だけでなく、肝胆膵(すい)外科の主任も兼ねていたからその手術も任された。いち早く腹腔(ふくくう)鏡(きょう)による胆のう摘出術にも取り組み、甲状腺や乳がんの手術でもメスを握った。論文も書きまくり、数多くの学会で発表した。

 細分化、専門化が急激に進む医療現場にあって、マルチぶりは光彩を放っている。

 そのベテランが今、心血を注いでいるのが、まだ全国的にも珍しい早期の胃がん患者(腫瘍(しゅよう)が4センチ以内)に対するセンチネルリンパ節の術中診断をもとにした縮小手術である。

 安全のために疑わしきは罰する―従来の手術では胃の3分の2以上と幽門(胃の出口)に加えて、転移の可能性がある周囲のリンパ節も広く切除していたが、この手法だと開腹手術中に転移の有無が病理診断によって分かり、根治性を損なうことなく切除範囲を特定できる。

 つまり、これまでのように不必要に大きく切らなくても済むわけで、リンパ節への転移がなければ胃の4分の3を残すことも可能になった。

 患者にとっては本来の機能を最大限に温存できることで、胃を全摘した場合の術後の目まい、冷や汗といったダンピング症候群や胸やけ、下痢などから解放されるのが大きなメリットだ。

 もとは乳がんで臨床応用されたが、磯崎は岡山大医学部の助教授時代、関連16病院との共同研究(2000年~02年)の中心となって胃がんでの有効性を証明、その業績で06年に日本胃癌学会西記念賞を受賞している。

 「現状に満足せず適切、正確、迅速な手術をさらに追求していきたい。『これぐらいでいいや』と高をくくった時から、停滞と退化が始まりますからね」と磯崎。生涯現役―確かな目標を持つ人は、還暦を過ぎてもなお青春の中にいる。

(敬称略)

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 いそざき・ひろし 岡山大医学部卒。大阪医科大助教授(一般・消化器外科学教室)、岡山大学病院中央手術部助教授など経て2003年におおもと病院へ。今年2月から現職。徳島県鳴門市出身。

 テニスにスキーにゴルフ…と趣味は多彩。学生時代は野球に熱中、いまは社交ダンスに汗を流す。

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 センチネルリンパ節の術中診断 センチネルは英語で「番兵」の意味。見張りリンパ節とも呼ばれ、腫瘍が病巣部から最初に転移する。このリンパ節を手術中に平均3、4個摘出して病理診断すれば転移の様子が分かり、切除範囲を的確に特定できる。その際、リンパの流れはかなり複雑で肉眼では確認できないため、先端にレンズが付いた内視鏡を口から入れて病巣に検索色素やラジオアイソトープ(放射性同位元素)を注入して在りかを突き止めていく。

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 外  来 磯崎院長の診察日は火・水・金・土の各午前(9~12時)。新患、再診とも予約不要。

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おおもと病院

岡山市北区大元1の1の5

電話086―241―6888

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oomotohosp@ybb.ne.jp
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(2010年12月06日 更新)

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