文字 

(13)食道がん 猶本良夫教授・副院長(川崎医大総合外科学・川崎病院)

ICUを回診し、医師、看護師、セラピスト、薬剤師、栄養士など多職種で情報交換する猶本副院長(左から2人目)。「チームで仕事をするのがうまい」が周囲の評価だ

600例執刀 全国屈指の治療実績
病院マネジメント研究も


 昨年、指揮者の小沢征爾と歌手の桑田佳祐が手術を受け話題となった食道がん。わが国で見つかる患者は年1万7千人余。胃がん(12万人)や大腸がん(10万人)、肺がん(8万人)に比べ少ないが、転移しやすく治療が難しい。毎年1万2千人近くが命を落とす。

 猶本はその手術をこれまでに約600例執刀し、全国屈指の治療実績がある。

 食道は気管や背骨、心臓、肺などに囲まれ、体の奥深くにある。手術は首、胸、腹の3カ所を切り開き、がんを含む食道と周りのリンパ節を取り除き、さらにのどと胃をつなぎ食べ物の通る新しい道をつくる。猶本でも6時間前後もかかる大がかりなものだ。しかも、患者が少ないため、おのずと経験豊富な執刀医は限られ、外科医の間で一目置かれる存在だ。

 「患者にとってもギリギリの治療。手術後は生体反応が過剰に起き、肺炎や腎不全、敗血症などにつながる。それをどうコントロールするかが難しい」

 だからこそ、20年余り前、当時の岡山大第1外科(現・消化器・腫瘍(しゅよう)外科)医局長で後に三原赤十字病院長も務めた上川康明・松田病院(倉敷市鶴形)顧問に誘われ、この手術に携わるようになって以来、「侵襲(患者の体の負担)が少ない手術を」と心掛けてきた。胸や腹を大きく切らずに済む胸腔(きょうくう)鏡、腹腔鏡を取り入れ、手術前は患者、家族が納得するまで時間を掛けてリスクを説明する。

 昨年は猶本自身にとっても転機の年だった。助手、講師、准教授として19年勤めた岡山大病院を離れ、新設された川崎医大総合外科学教室の教授に選任され、同大付属川崎病院へ赴任したのだ。

 それまで食道がん手術をほとんど行っていなかった川崎病院でも、既に約30例の手術を執刀。腫瘍が厚さ4ミリの食道の壁を突き抜け、大動脈や気管支に迫っていた60代女性の難手術も成功させた。

 ただ、手術一辺倒ではない。

 ノンフィクション作家中島みちの「がん・奇跡のごとく」(文春文庫)に、岡山大病院で1990年、治癒は困難とみられた転移性肝臓がんと闘う患者に、主治医の猶本が掛けた言葉が記してある。

 「いい日が来るから、いい日が来るから!」

 患者を励ますのは「がんばろう」の言葉でも検査データでもないことがある。心ある医療者は知っている。何本ものチューブにつながれたICU(集中治療室)暮らしに閉塞(へいそく)感を募らせていた患者は以降、「心の自由を獲得することに成功し、そこからは一筋に快癒への道を歩んだ」という。

 もう一つ、猶本にはマネジメントの研究者という顔がある。

 経営学者のピーター・ドラッカーによると、マネジメントには目標設定、組織構築、チーム設定、評価、人材育成の五つの仕事がある。企業経営で重視されてきた。

 「病院でもマネジメントは必要なはずだ」。岡山大大学院助教授時代の2002年から5年間、多忙な診療の傍ら、神戸大大学院に籍を置き、自動車メーカーの業務改善活動を取り入れたトヨタ記念病院(愛知県豊田市)などの先進的な病院経営を研究した。その成果をまとめた「病院組織のマネジメント」(碩学舎)も昨年、共著で出版した。

 川崎病院に来て真っ先にしたのも手術でなく、それを支える組織づくりだった。病院に働き掛け、ICU(6床)を出た手術後の患者らをケアするHCU(準集中治療室、8床)を整えた。

 自らが率いる外科(医師9人)の組織も、病院の運営主体が財団法人から学校法人川崎学園に変わる1年前の昨年4月、一足早く川崎医大の総合外科学教室に衣替えした。川崎病院での診療に加え、来月から医学生の教育も担う。

 「近年、医療は臓器や機能別に専門分化した。でも、スタッフを整え、消化器も呼吸器も乳腺も血管も外傷もいろんなケースをバランス良く診療したい。それが、患者さんが求めることだと思うんです」。総合外科の看板には、そんな願いも込められている。

 医学と経営学。二つの博士号を持つエキスパートが新たな舞台に挑んでいる。(敬称略)


---------------------------------------------


 なおもと・よしお 津山高、山口大医学部卒。神戸大大学院経営学研究科博士課程修了。国立岩国病院(現・国立病院機構岩国医療センター)医員、岡山刑務所医務課長などを経て、岡山大病院助手、講師(第1外科)、消化管外科長、同大学院医歯薬学総合研究科准教授(消化器・腫瘍外科学)を歴任。昨年4月から現職。


---------------------------------------------


 食道がん のどと胃をつなぐ長さ25センチほどの管状の臓器・食道の内側の粘膜に発生し、徐々に深く進行していく。患者は5対1で男性に多い。喫煙と飲酒がリスク要因とされ、主な自覚症状は食べ物がしみる、つかえる感じなど。治療は手術が一般的。抗がん剤、放射線治療もあり、複数の治療法を組み合わせて行うことが多い。ごく早期なら、腹や胸を切らずに口から内視鏡を入れて病巣を切除することもできる。


---------------------------------------------


 外来 猶本副院長の川崎病院での外来は月・水曜日午前と金曜日午後。


---------------------------------------------


川崎医大川崎病院

岡山市北区中山下2の1の80

電話086―225―2111

メールアドレスinfo@kawasaki―hp.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年03月07日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ